光学定数の解析方法――改良RT法                  いさお光工房
1 市販の測定装置の例

  1ー1 角度可変分光エリプソメトリー(J.A.Woollam社)1)
  1ー2 分光測定装置(n&k社)2)
   n&k Technology社のものは、かなり広い波長域でほぼ垂直入射の分光反射率を測定し、薄膜と基板の光学定数,膜厚,エネルギーギャップを決定する。その解析は、A.R.Forouhi と
 I.Bloomer によって導出された光学定数 n, k に対する解析用の式に基づいています。
Forouhi−Bloomer法は一種のカーブフィット法ですが、従来の方法に比べて少ない数の論拠のあるパラメーターで十分フィットします。
 1ー1 の角度可変分光エリプソメトリー(J.A.Woolam社)も一種のカーブフィット法であります。
1ー1、および2ー2の測定方法は大変すぐれてはいますが、光学定数の算出方法は必ずしも単純とは言い難い面もあります。

2 RT法
  RT法は反射率 Rと透過率 Tとから数学的に逆算して光学定数 n,k を求める方法を指します。 以下,2ー1と2ー2については、3) T. C. Paulicに従って要点を記します。
  2ー1 従来の普通のRT法
RT法は,R(n,k)=Rexp,T(n,k)=Texp なる方程式を満たす解(n,k)の組が一つではないという,本質的に多重解の困難を内在しています。
  (R,T)から(n,k)を抽出するアルゴリズムはnとkをパラメーターとしたときの変動に依存しているか、あるいは、推定した点から出発する複雑な一種の二次元のニュートン法を用いた反復法に依存しています。これらの手続きは,いずれも次の三つの問題を抱えています。
(a) n と kの良い初期値が推定される必要がある。 (b)出発点によって異なる解が得られる。
(c)少なくとも,公表された限りでは、|T(n,k)−Texp|と|R(n,k)−Rexp|の両方を同時に最小化しなければなりません。
 
 2ー2 T.C.Paulick のRT解析法3)
T.C.Paulick のRT解析法3) は,多重解の困難を除いて 2ー1の 従来の普通のRT法の問題点あるいは困難を克服しています。この解析法のアルゴリズムは、従来のものとは違って、(n,k)に対する初期評価を必要とせず、,n−k面内の広い領域内で,特定の一波長に対する解を全部同時に見出します。しかも,この問題を2次元ではなく,あたかも一次元であるかのように、取り扱うことができます。
 R(n,k)=Rexp,T(n,k)=Texpを n,kについて逆算する手続きのアルゴリズムは,Step A から Step F までの6ステップに分けて、かなり詳しく記されています。ここでは、要点のみ記します。この論文を紹介するにあたり、勝手に省略したり、追加したり、自己流にアレンジしたことをあらかじめおことわりして置きます。詳細は原論文3)をご参照ください。解は、一般に多重解のかたちで得られます。
 R(n,k)=Rexp および T(n,k)=Texp から n,k を逆算する手続き
 R(n,k)=Rexp,T(n,k)=Texpを n,kについて逆算する手続きのアルゴリズムは,Step A から Step F までの6ステップから構成されます。 
 Step A. 解を求めるための n と k の区間を選びます。n - k 面内をカバーする 2-D(2次元)メッシュ上の各点(n,k)で透過率 T(n,k) を計算します。(この論文のプログラムでは、nとkをそれぞれ32の小区間に分割しているので、33×33のメッシュ点があります。)
薄膜の透過率 T(n,k)や反射率 R(n,k) を計算するための計算式は、光学薄膜の本や論文に記されていますが、文献7)に出ている垂直入射光についての式が大変便利です。文献8) Heavensも有用です。
 Step B. 任意の屈折率 n に対して、透過率 T は k が増加すると単調に減少する k の単調減少関数です。メッシュの各々の n に対して
T(n,k)=Texpにより、k を逆算します。これによって、 n-k 面上に透過率 Tの等高線 (n,k(n)) が得られます。ここに、k=k(n)=k(n,Texp) です。
n は、メッシュ点に対応する飛び飛びの値を取ります。この手続きによって、R(n,k)=Rexp,T(n,k)=Texpを n,kについて逆算する手続きは、一次元の問題に帰着します。
 Step C. メッシュ点に対応する飛び飛びの値を取る各々の n (今や一次元のメッシュ点)について反射率 R(n,k(n)) を計算します。ここに、
 k(n)≡k(n,Texp) であって、Step B. で求めたものです。
 Step D. 関数 R(n,k(n))≡R(n) に対し三次のスプライン補間式を構築します。
 Step E.. 分割した 各々の n の小区間内で三次の多項式の方程式 R(n)=Rexp を解析的に解きます。これは、三次式の根を求めることに他なりません。
 Step F.  Step E.. で見出された解 ni から、対応する k i を ki=k(ni, Texp) として求めることができます。ここに、k(ni, Texp) はStep B. で求めた等高線で、飛び飛びの値 n に対する 等高線 n,k(n, Texp) を n の連続関数とみなしたものです。この段階では、 ni に対する ki を求めるには、飛び飛びの n の間を直線で補間する線形補間近似で十分です。
 原論文に記されている例
 原論文では、従来のRT法の図式解法と対応させて説明しています。そのために、透過率Tと反射率Rの等高線を n - k 面上に示しています。
従来のRT法に対応して、膜厚d と 波長λの比について、d/λ=0.2 とし、基板の屈折率 ns =1.5 として計算しています。
反射率R=20%、透過率T=40%として光学定数を求めている。
原論文の表1には、n,k の区間をn=(1,7),k=(0,3) とした場合の解として、n - k 面上に3つの解 A, B, C があります。A: (n,k)=(2.89,0.228), B: (n,k)=
(4.91,0.186), C: (n,k)=(5.08,0.179) の3つの多重解です。
 また、n,k の区間をn=(4.8,5.2),k=(0,0.3) とした場合の解として、n - k 面上に2つの解 D, E があります。ここに、D: (n,k)=(4.91,0.186), E: (n,k)=(5.09,0.178)。 
 この論文のプログラムでは、Step A に記したように、nとkをそれぞれ32の小区間に分割しているので、33×33のメッシュ点について計算しています。第2の区間の設定は、第1の区間設定でわかった解に基づいて決定したもので、解の精度を上げるためのものです。

 原論文に関するいさおコメント
 Step D. と Step E の簡略化について 原論文では、Step D.で、関数 R(n,k(n))≡R(n) に対し三次のスプライン補間式を構築しStep E では分割した 各々の n の小区間内で三次の多項式の方程式 R(n)=Rexp を解析的に解くことになっていますが、この手続きをプログラムに組み込む
のは、かなり面倒です。より簡略化した手続きは、Step D. では、関数 R(n,k(n))≡R(n) に対し三次のスプライン補間式を構築する代わりに線形補間式で代用し、Step E. では、分割した 各々の n の小区間内で三次の多項式の方程式 R(n)=Rexp を解析的に解く代わりに、一次方程式を解くことで済ますというものです。この簡略化によってプログラムのステップ数が激減します。近年、コンピューターの演算速度が向上したので、n - k 面上のメッシュを十分細かく設定することで、線形近似でも十分な精度で、光学定数の解を短時間で得ることができるようになりました。
 測定用基板や光源等に関連する事柄 について 原論文には、測定用基板の厚さや透明性、あるいは基板内の多重反射の影響について言及されています。実際の測定では、膜付透明基板に、膜面からほぼ垂直に光を当て、透過率と反射率を測定します。したがって、透過率や反射率は、基板内多重反射を考慮した値で計算しておく必要があります。この場合、光源は通常の分光光度計は、レーザー光源ほど単色でも位相も揃っていません。したがって 基板内多重反射は、インコヒーレントであるとして計算します。
 反射率と透過率の計算方法について
 原論文には反射率と透過率を計算すのに、反射率と透過率の計算式による方法が記されていますが、光学マトリックスを用いて計算することもできます。原論文のアルゴリズムは、容易に多層膜系に拡張出来ますし、入射角も任意に設定できます。入射角がゼロでない場合は、光の偏光もからんできます。単層膜への垂直入射光以外の反射率や透過率の計算式は、一般には、与えられてませんので、一般の光学膜を扱うには、光学マトリックスを用いた方法が優れています。
 光学定数の多重解の問題
 原論文でも言及されていますが、RT法固有の問題に多重解の問題があります。原論文では、RT法固有の多重解の困難は、自然法則固有のものである。とされています。
 光学定数の多重解の問題の解決策
 光学定数の多重解の問題の解決策として、以下に示す改良RT法が提案されました。
原論文のStep F. に続いて、次のStep G. を付け加えます。Step G. の要点は、 求めようとしている波長における反射率と透過率の他に、求めようとしている波長に隣接する別波長における反射率と透過率も測定します。  原論文(Paulic )の方法で光学定数の多重解を求めます。  求めた多重解の各々について隣接した別波長における反射率と透過率を計算します。計算に使用する光学定数は求めようとした波長における光学定数、すなわち、各々の求めた光学定数は、波長依存性がない、すなわち分散が無い、として隣接別波長の反射率と透過率を計算します。 4 光学定数の多重解の各々について、隣接した別波長における反射率計算値と透過率計算値の別波長における測定値に対する誤差を計算する。  原則として、光学定数の多重解の誤差が一番小さい解を最適解とします。。

  2ー3 改良RT法4)5)6)
 この改良RT法は第一ステップは全く2ー2のT.C.Paulick のRT解析法3)と同じです。
得られる多重解のどれが正しい解であるかを判定する手続きを追加したものが改良RT法です。
求めたい特定の一波長についての分光データの他に,その波長近傍の一波長以上についての
分光反射率及び分光透過率の測定データを活用することが,改良RT法の味噌であります。
この方法は一種のカーブフィット法ですが、従来のカーブフィット法のように、光学定数についての
分散式を使う代わりに、特定の一波長について得られたn,kの多重解を使用し、それぞれの解を用いてその波長近傍の波長について光学定数が波長に依存しないとして反射率と透過率を計算します。
このようにして光学定数の分散が無いとして得られるカーブに測定値がフィットするかを見て、一番良く合う解を正しいと判断するわけです。実際の計算手続きは誤差を計算して、その大小関係でフィットの度合いを見る訳です。この方法では,得られた光学定数だけを使用するので、カーブフィット用の分散式の選択で迷う必要がありません。このようにして、簡単に多重解の問題が解決されます。
解析例は膜付基板データ一覧をご参照下さい。
  2−4 改良RT法による膜付基板の膜光学定数の解析例の説明
 光学定数の解析 エクセルデータ の膜の光学定数解析用データサンプル あるいは、光学定数解析用データ書式 について
改良RT法によって、膜付基板の膜光学定数の解析を行いました。 T.C.Paulick のRT解析法3)と同様に、光学定数を表示するためのn−k面
上に計算範囲 :屈折率範囲(NS,NL)と消衰係数範囲(KS,KL)を設定し、屈折率範囲と消衰係数範囲をそれぞれ(MN,MK)個に分割します。
この分割によって作られるn−k面上の(MN+1)× (MK+1)個のメッシュ点について膜付基板の反射率や透過率を計算します。
膜付基板の膜光学定数の解析例では、(NS,NL)=(1,4), (KS,KL)=(0,2), (MN,MK)=(60,40) としました。メッシュ点の数は、(MN+1)× (MK+1)=800
です。同じ反射率と透過率に対して、一般に複数の光学定数の解、すなわち多重解が得られます。膜の光学定数解析結果サンプル には、各波長について、複数の光学定数の解が得られています。表の最適解及びその他の解の欄の値それです。光学定数の分散が無いとして得られる反射率と透過率の計算値の測定値に対する誤差も同表に記されています。誤差1、誤差2、誤差3が誤差の計算値です。これらの誤差の波長に対してプロットしたものが多重解の誤差グラフです。同グラフから、全波長域で誤差1が最小です。誤差1に対応する解を最適解としました。
光学定数最適解グラフは表の値をグラフ化したものです。最適解 屈折率グラフは本結果との比較のため、波長スケールを文献8) Bender et. al (1998)の図の波長スケールに合わせたものです。

参考文献
1) J.A. Woollam et al.: Overview of Variable Angle Spectroscopic Ellipsometry(VASE), Part T:
Basic Theory and Typical Applications, Critical Rev.Opt.Sci.& Technol. Vol. CR72, 3-28 (1999)
そのほか,ジェー・エー・ウーラム・ジャパン社各種資料
2) A.R.Forouhi and I.Bloomer: Optical dispersion relations for amorphous semiconductors and
amorphous dielectrics, Phys.Rev. B , Vol.34, No.10, 7018-7026 (1986)
そのほか,n&k Technology社資料
3) T. C. Paulic : Inversion of normal-incidence (R,T) measurements to
obtain n + ik for thin films, Applied Optics, Vol.25, No4, 562-564 (1986)
4) 悳 昭彦:真空蒸着装置における光学定数と膜厚の測定方法及び測定装置,
  特許3000303(平11.11.12),本権利消滅日(平16.10.22)
5) 悳 昭彦:光学定数と膜厚の測定方法及装置,特許2992839
  特許2992839(平11.10.22),本権利消滅日(平16.11.12)
6) 悳 昭彦:ハーフトーン位相シフトマスクブランクス,
ULVAC Technical Journal,No.46,48−59 (1997)
Bender et. al ," Dependence of oxygen flow on optical and electrical properties of DC-magnetron sputtered ITO films",Thin Solid Films ,Vol.326,72-77,(1998)
7) American Institute of Physiics Handbook, Therd Edition , MacGraw-Hill Book Compny (1982)
8)O. S. Heavens, Optical Properties of Thin Solid Films (Buttterworths,London,1955).
9) Bender et. al ," Dependence of oxygen flow on optical and electrical properties of DC-magnetron sputtered ITO films",Thin Solid Films ,Vol.326,72-77,(1998)

つけたりですが、4)、5)の特許番号は特許電子図書館のあるページにリンクしています。
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