原爆ドームの模型作りに挑戦してみませんか


1945年8月6日、広島市に原子爆弾が投下されました。
おびただしい数の命が奪われ、被爆者の苦しみは今なお続いています。
爆心直下付近に産業奨励館があり、核爆発の劫火にさらされました。今の原爆ドームです。
原爆の永遠の証人である原爆ドームの模型を作り、核兵器、戦争、平和について考えてみませんか!

原爆ドームの模型作りに挑戦してみませんか

原爆ドームの模型作りに挑戦してみませんか

 
  •  上の左側は、指南書の『原爆ドームと産業奨励館の模型をつくろう』の表紙です。著者は本ホームページ作成者の関根一昭です。右側は、指南書の一部で、上は原爆ドームの中央の円筒部、下は鉄骨があらわになっているドーム部分の設計図です。



 本書は 、原爆ドームと旧産業奨励館の模型を作るためのアシスタントを果たします。原爆ドームや旧産業奨励館を多数のパーツに分けて、それらを型紙として図版化しています。型紙の図版総数は120枚に上ります。コピー機にて適切に拡大した型紙をペーパークラフト用紙、発泡スチロール板、ベニヤ板などにはりつけます。さらに、型紙に沿ってナイフ、ノコギリなどで切り抜きます。それらを手順に従って、接着させながら組み立てて行きます。多少の努力は必要ですが、誰でも個性的でりっぱな模型を作ることができます。
 下に設計図の例を掲載し、簡単な説明を付しましたのでご覧ください。本書の注文を希望する方がいらっしゃいましたら、左端のメニューバー内の「指南書のご注文方法」か、下記の「『原爆ドームと旧産業奨励館の模型をつくろう』のご注文ページへ」をクリックしてください。




  原爆ドームの型紙の一部
 左図は、原爆ドームの正面左側の壁の型紙である。2つの部分に分けて図版化した。原爆ドームは直方体の建物ではなく、曲線が多く使われている。左図の壁も、実際はゆるやかな曲線を描いている。

 型紙を計画した大きさに拡大し、使用する素材(ペーパークラフト用紙・発泡スチロール板・ベニヤ板など)にはりつける。それらを切り抜き、さらに窓部分をくり抜く。そのままでは平らな面なので、縦に切り込みを入れて、曲線状の壁に仕上げる。
  旧産業奨励館の型紙の一部
 左図は、旧産業奨励館の正面の側壁の型紙である。建物の屋上は、元安川に面した展望台になっていた。

 旧産業奨励館は、原子爆弾で破壊される前の原爆ドームの名前である。曲線を多用し、銅板葺きの楕円形のドームを載せた優雅な建物であった。チェコの建築家ヤン・レツルが設計した。広島市民から愛されたシンボル的な建物でもあった。それが原爆によって無残な姿へと変わった。両者の模型を作り、原爆の実相を感じてほしい。
  原爆ドームの土台の平面図
 左図は、原爆ドームの土台を示す図である。この上に壁がつくられている。上段の型紙から作成した壁をはじめとして、必要な壁を左図の線に沿って配置する。特に正面部分(本図の中央下部)は、楕円形状の壁もあり、込み入った構造である。

 原爆ドームや旧産業奨励館は、ヤン・レツルの設計に基づく複雑な建物である。模型作りにも時間と根気が求められる。それだけに完成時には、大きな達成感を得られることと思う。
 


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