熊谷バイブル・バプテスト教会

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熊谷バイブル・バプテスト教会御紹介


新型コロナウィルス感染症予防対策について

▽感染症対策にご協力をお願いします。■玄関で:アルコール消毒にご協力くだ

さい。■礼拝堂内では:マスクを着用しましょう。長椅子は座布団のある場所、

補助椅子は用意されているもののみを使用し、距離を保ちましょう。満席の場合

2階、3階に移動して下さい。■換気扇7台を稼働させています。機械音がしてい

ます。また、一部窓を解放しています。座席によっては隙間風が当たります。換

気の必要の為ですので、ご理解ご協力をお願いします。■集会開始前に手すり、

スイッチ類、ひじ掛け、ドアノブ等、手が触れる場所はアルコール消毒を実施して

います。


昼食準備、午後集会は休止しています。



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特別集会(2022年10月)

10月の特別集会






礼拝メッセージの手引

週報2022年1月―12月分

2022年」10月分

10月2日週報から

聖日礼拝「次は何歌う?」マタイの福音書11章28-30節

メッセージ 小泉牧師

聖書の御言葉

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたが

たを休ませてあげます。わたしは心優しく、ぺりくだっているから、あなたがたもわたしの

くびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしの

くびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。 マタイの福音書11章2830

Come to me, all you who are weary and burdened, and I will give you rest. Take my

yoke upon you and learn from me, for I am gentle and humble in heart, and you will

find rest for your souls. For my yoke is easy and my burden is light.

                                     MATTHEW 11.2


2022年9月分

9月25日週報から

聖日礼拝「圧倒的な人利者」ローマ人への手紙8章31-39節

メッセージ 張替神学生

聖書の御言葉

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあ

っても、圧倒的な勝利者となるのです。       ローマ人への手紙8:37

No,,in all these things we are more than conquerors through him who loved us.

                                                              ROMANS 8.37









9月18日週報から

聖日礼拝「エリコの城壁」ヨシュア記6章1-11節

聖書の御言葉

見よ。わたしはエリコとそめ王、および勇士たちを、あなたの手に渡した。あなたがた戦

士はすべて、町のまわりを回れ。…               ヨシュア記 62


See, I have delivered Jericho into your hands, along with its king and its fighting men..

arch around the city once with all armed men..…         JOSHUA 6.2









9月11日週報から

聖日礼拝「契約の箱をエルサレムに」第2サムエル記6章12-23節

聖書の御言葉

ダビデは、主の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとってい

た。ダビデとイスラエルの全家は、歓声を上げ、角笛を鳴らして、主の箱を運び

上った。                  サムエル記第2 614-15

David wearing linen ephod, danced before the LORD with all his might,

while he and the entire house of Israel brought up the sound of trumpets.

                       2SAMUEL 6.14-15



9月4日週報から

聖日礼拝「エルサレムへの旅」使徒の働き21章1-14節

私たちはこれを聞いて、土地の人たちといっしょになって、パウロに、エルサレ

ムには上らないように頼んだ。するとパウロは、「あなたがたは、泣いたり、私の

心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。…

                      使徒の働き211213

When you heard this, we and the people there pleaded with Paul not to go up to

Jerusalem. Then Paul answered,Why are you weeping and breaking my

heart …”                                       ACTS 21.12-13



礼拝メッセージの手引

週報2022年1月―12月分

2022年8月分

8月28日週報から

聖日礼拝「神とその恵のみことばとに」使徒20章17-38節

聖書の御言葉

いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことぱとにゆだねます。みことばは、

あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって、御国を継

がせることができるのです。              使徒の働き2032

Now I commit you to God and to the word of his grace, which can build you up

and give you an inheritance among an those who are sanctified.

                                ACTS 20.32




8月21日週報から

聖日礼拝「青年ユテコの話」使徒の働き20章7-12節

聖書の御言葉

人々は生き返った青年を家に連れて行き、ひとかたならず慰められた。

                         使徒の働き2012

The people took the young man home alive and were greatly comforted.

                                 ACTS 20.12





8月14日週報から

聖日礼拝「主の愛の故に」マタイ福音書9章35-38節

聖書の御言葉

それから、イエスは、すべての町や村を巡って、…また、群衆を見て、羊飼いの

いない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。

                       マタイの福音書93536

Jesus went through all the towns and villages, …When he saw the crowds, he

had compassion on them, because they were harassed and helpless, like sheep

without shepherd.              MATTHEW .35-36










8月7日週報から

聖日礼拝「主の軍の将」ヨシュア記5章13-15節 

聖書の御言葉

さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、見よ、ひとりの

人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていた。  ヨシュア記 513

Now when Joshua was near Jericho, he looked up and saw man standing in

front of him with drawn sword in his hand.  ̄ JOSHUA5.13

■エリコの町は、死海に注ぐヨルダン川河口から北西15kmに位置する町であり、

海抜マイナス258mという世界で最も標高の低い町である。現在の市街地は「テ

ル・ハリ」と呼ぱれ、旧約聖書時代のものと考えられる遺跡とは2kmほど離れた場

所にある。パレスチナ東部、エリコ県の県都。2014年の人口は約22000人。












2022年7月分

7月31日週報から

聖日礼拝「王になったダビデ」サムエル記第2 5章1-5、17-25節

聖書の御言葉

イスラエルの全長老がヘブロンの王のもとに来た時…彼らはダビデに油をそそい

でイスラエルの王とした。            第2サムエル記 53

When an the elders of Israel had come to King David at Hebron, ‥‥and they

anointed David king over Israel.        2SAMUEL .3

1サムエル記30章から、第2サムエル記5章までの大まかなストーリー ■ペリシ

テ人の国に身を寄せていたダビデは、イスラエル王国がペリシテに敗北し、サウ

ル王とヨナタン王子が戦死した事を知りました。(1サムエル31章、2サムエル1章)

■主に伺いを立て、ダビデは、ユダの地ヘブロンに帰ってきました。ユダの人々

はダビデに油を注いで王としました。サウル家の武将アブネルは、サウルの遺児

イシュ・ボシェテを「全イスラエルの王」にします(2サムエル2章)。■聖書は「ダ

ビデの家とサウルの家との間には、長く戦いが続いた」と綴ります(2サムエル

3.1)。サウル家の内部は次第に混乱し、武将アブネル、サウルの子、イシュボシェ

テがそれぞれ悲劇的な最期を遂げる事になります。(2サムエル34章)。■有力な

指導者を失って、ようやくイスラエルの全部族、全長老(ダビデとユダ部族を除い

た、サウル家を支持していた人々)は、ヘブロンのダビデのもとに来たのでした。












7月24日週報から

聖日礼拝「エペソの町④」使徒の働き19章21-41節

聖書の御言葉

そのころ、この道のことから、ただならぬ騒動が持ち上がった。

                         使徒の働き19章23節

About that time there arose a great disturbance about the Way.

                         ACTS 19.23

■ただならぬ(≒小さくない)騒:エペソのアルテミスは小アジヤ古来の地母神とフ

エニキヤの偶像が結びっいた豊穣と多産の女神。毎年、夥しい観光客を動員する

例大祭の祭祀は、多産を象徴する18め乳房を持つ偶像を中心にした官能的なもので

した。しかし、そんなアルテミス神殿例大祭の参詣者が、この2年、激減し、土産物

の銀細工の売り上げも下がる一方です。エペソの人々に、アジヤ州の人々に、何

が起きているのでしょう?








7月17日週報から

聖日礼拝「エペソの町③」使徒の働き 19章11-20節

聖書の御言葉

神はパウロの手によって驚くべき奇跡を行なわれた。・・・  使徒の働き19章11節

God did extraordinary miracles through Paul,.         ACTS 19.11

■焼き捨てられた魔術の書物の値段は銀貨5万枚: ローマの通貨ドラクマだと現

在の価値で1万ドル(136万円 7/10夜のレート)、ユダヤ人のシケルだとその4

(544方円)だそうです。■魔除け祈祷師; キプロス島には魔術師バルイエス(使徒

13)、サマリヤには魔術師シモン(使徒8)がいました。旧約聖書と律法によって

神様の御言葉を教えられて育ったユダヤ人の中にも、神様のお名前や聖書が語る

信仰の先人の名前を、まじないに利用する人々がいました。ここに登場する魔除

け祈祷師達の父とされる「スケワ」なる人物は「祭司長」と紹介されますが、魔除け

祈祷師達はしばしば、より多くの呪文や神々の名を唱える事が出来る事を宣伝す

る為に、'祭司長などの聖職者の肩書を語ったと言われています。この魔除け祈祷

師達が本当に祭司の家系だったかどうかは、かなり疑わしい、という事です。







7月10日週報から

聖日礼拝「エペソの町②」使徒の働き19章6-10節

聖書の御言葉

パウロは・・・毎日、ツラノの講堂で論じた。  使徒の働き199
                              

He…had discussions daily in the lecture hall of Tyrannus.

                     ACTS 19.9

■ギリシャの植民都市では、あらゆる仕事が午前11時から長い休憩時間をとり、

午後4時から再開されたと言う。「エペソでは、午前1畤よりも午後1時に熟睡して

いる人の方が多い」と揶揄される程、この長い昼休みの習慣は定着していた。

the lecture hall = 講堂と訳されている、市民に学びを提供する場所も同様だ

った。パウロ達はツラノの講堂を貸し切っていたのではなく、講堂が昼休みにな

る時間に、講堂を使わせてもらっていたのだ。エペソにいた主の弟子達は、人々

が午睡している時間に(かつては自分も午睡していた時間に)、主の言葉を学んでい

たことになる! 今までよりも、少しでも更に主の御言葉を喜び、また主を愛す

るようになれば、エペソからアジア州に御言葉が伝わったように、私達を通して

神様が素晴らしい事をして下さるに違いない。








7月3日週報から

聖日礼拝「キリストの無限の愛を追い求めよう」第1コリント14章1節

メッセージ 広瀬宣教師

聖書の御言葉

愛を追い求めなさい。・・・       コリント人への手紙第1 14章1節

Follow the way of love and …      1C0RINTHIANS 14.1






2022年6月分

6月26日週報から

聖日礼拝「エペソの町①」使徒の働き19章1-10節」

聖書の御言葉

信じたとき、聖霊を受けましたか。                   使徒の働き 192

Did you receive the Holy Spirit when you believed?  ACTS 19.2






6月19日週報から

特別集会「物足りない毎日をガラッと変える方法」ピリピ人への手紙4章12-13節

聖書の御言葉

・・・また、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。

                        ピリピ人への手紙 412


and learned the secret of being content m any and every situation,…・

                       Philippians 4.12







6月12日週報から

聖日礼拝「主がこの所におられるのに」創世記28章10-22節

聖書の御言葉

まことに王がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった。

                      創世記 2816


Surely the LORD is in this place, and l was not aware of it.

                             GENESIS 28.16







6月5日週報から

聖日礼拝「まだ占領すべき地」ヨシュア記13章1-7節

聖書の御言葉

あなたは年を重ね、老人になったが、まだ占領すべき地がたくさん残っている。

                      ヨシュア記 131

You are very old, and there are still very large areas of land to be taken over.

                      JOSHUA 13.1

■ヨシュア記24章によれば、ヨシュアは110歳まで生きました。 14章で語られるカ

レブの話などを参考にすると、ヨシュア記13章は、イスラエル人が約束の地に到

着して(カナン人と戦い始めて)から、10-20年後と考えられます。 ヨシュアは90-

100歳くらいと考えられます。13章までに、「その地をことごとくとった」とか

 「この地に戦争は止んだ」などの御言葉がありますが、神様がイスラエルの民に

与えて下さろうとしている土地はまだ「たくさん残って」いたのです。■神様が

私達に与えて下さろうとしている祝福と恵についても、神様はまだまだ、たくさ

ん残っています、と仰っているのではないでしょうか。今ぐらいで、もういいで

しょうか?更に神様の御業を見たいと願うでしょうか?








2022年5月分

5月29日週報から

聖日礼拝「ペリシテ人の地に逃れて」サムエル記第127章 1-4節

聖書の御言葉

ダビデは心の中で言った。「私はいつか、いまに、サウルの手によって滅ぼされる

だろう。ペリシテ人の地にのがれるよりほかに道はない。‥‥

                     サムエル記第1 271

But David thought to himself.One of these days l will be destroyed bthe

hand of Saul. The best thingcan do is to escape to the land of the Philisitines

‥‥.                     1 SAMUEL 27.1

■日本語訳には訳出されていませんが、第1サムエル記271節の始まりには英語

訳だとBut 日本語で「しかし」を意味する逆接の接続詞があります。このダビデ

の心の中の呟きは、26章の終わりにかかれている事を覆す内容だという事です。

26章では、ダビデに、サウル王を討ち取る好機が訪れます。しかし、ダビデは

悪しき王と言えども主がお立てになった御器であるから、という理由でサウルに

危害を加えません。事実を知ったサウルはダビデに対する仕打ちを悔い、その間

違いを認めました。■しかし、ダビデは、サウルの追跡を恐れ、何とイスラエル

大と長年戦っているペリシテ人の国に逃げていきます。サウルを見逃したのはこ

れが2度目でした。前回もサウルは自分の日を認めて後悔していましたが、その後

もダビデを敵視していました。忍耐を尽くし、期待して、へりくだっても何も変

わらない時、投げ出したくなることがあります。神様はダビデをどう励ましたの

でしょうか。







5月22日週報から

聖日礼拝「2度目の旅の終わり」使徒の働き18章18-23節

聖書の御言葉

神のみこころなら、またあなたがたのところに帰ってきます。

                       使徒の働き 1821

I will come back if it is God’ s will.
                       ACTS 18.21

■パウロの2度目の伝道の旅が終わりに、パウロ達はローマ帝国アジヤ州エペソの

町に立ち寄ります。そこは、この旅の始まりの時に聖霊なる神様によって、みこ

とばを語ることを禁じられたた土地でしたが、神様は旅の終わりに、アジヤ州へ

の道を開き、エペソの町を見せて下さいました。ようやく辿り着いたアジヤ州で

したが、パウロはここには長く留まらず、エルサレムに向かって船出していくの

でした‥‥。







5月15日週報から

聖日礼拝「コリントの町」使徒の働き18章1-11節

聖書の御言葉

その後、パウロはアテネを去って、コリントへ行った。

                      使徒の働き 181

After this, Paul left Athens and went to Corinth..

                       ACTS 18.1

■コリント:ギリシャ半島のエーゲ海側にあるサロニカ湾とアドリア海側にある

コリント湾に挟まれ、首のように細くなった幅約8㎞の土地、コリント地峡にコリ

ントの町は建てられていました。ギリシャ半島南側の海域は変わりやすい天候と

強い嵐の難所として有名だったので、殆どの船がコリントの港で人や荷物を乗せ

換えました。また「ギリシャの橋」と呼ばれた地形はギリシャ半島を南北に繋ぐ

唯一の道だったので、この町には関所が設けられていました。東西の港、南北の

関所、陸路と海路において交通の要衝となったコリントは経済的に大変潤ってい

ました。■他方、コリントは不道徳の町としても有名でした。「コリント人のよう

に振舞う」というギリシャ人の格言は放蕩の生活を意味しました。■アテネを去

って、コリントへ行ったパウロは、同業者アクラ、プリスキラの家に住み、一緒

に「天幕作り」の仕事をしたと、聖書は伝えますが‥‥。








5月8日週報から

聖日礼拝「アテネの町」使徒の働き17章16-34節

聖書の御言葉

さて、アテネでふたりを待っていたパウロは、町が偶像でいっぱいなのを見て、

心に憤りを感じた。              使徒の働き 1716

While Paul was waiting for them in Athnes, he was greatly distressed to see

that city was full of idols.          ACTS 17.16

■アテネ:約3400年の歴史を胯る世界でも最も古い都市の一つ。現在は市域、周

辺都市圏を合わせて約370万人が生活する大都市(EU圏内では第7位)。ローマ時代

には、ローマ帝国アカヤ州に属し、政治的な州都の役目はコリントに譲っていた

ものの、「アカデメイア」と呼ばれる教育機関等、すぐれた文化の故に、ローマ帝

国から自由都市の位を与えられていました。聖書にもストア派、エピクロス派等

の哲学者達が登場します。■パルテノン神殿をはじめとする建築物、高価な材料

と優れた技巧を駆使した多くの像はアテネを芸術の町にしました。「われわれの地

域は神々でいっぱいだから、諸君は人に会うより神に会う方が多いだろう」(風刺

作家ペトロニウス)。「アテネでは、あらゆる様子のあらゆる材料の神と人の像を見

る事が出来る」(歴史家テトス・リヴィウス)。









5月 1日週報から

聖日礼拝「ダビデは主に伺って言った。」サムエル記第122章20節―23章6節

聖書の御言葉

…そこでダビデは主に伺って言った。…

                      サムエル記第1 232

he inquired of the LORD, saying,.

                      1SAMUEL 23.2







2022年4月分

4月24日週報から

聖日礼拝「復活されたイエス様の御言葉」マタイ福音書28章16-20節

聖書の御言葉

見よ。私は、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。

                      マタイの福音書 2820

surely am with you always, to the very end of the age.

                        MATTHEW 28.20





4月17日週報から

聖日礼拝「イースターのメッセージ」マタイ福音書27章62-28章7節

聖書の御言葉

…大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りて来て、石をわきへこ

ろがして、その上にすわったからである。
                        マタイの福音書 282

'¨There was violent earthquake, for an angel of the Lord came down from

heaven and, going to the tomb, rolled back the stone and sat on it.

                          MATTHEW 28.2

■イエス様が納められたお墓はユダヤ人ローマ軍によって「封印」されていました。

「封印」とは、御札を貼り付けるようなイメージがありますが、この場合は、①墓の入

り口を塞ぐ石の板の左右に直径数cmの鉄の杭を打ち込んでロックし、②石の板を回

転させて開閉する為の溝に熱した金属を流し込んで固定する、と言うものでした。

イエス様のお墓は、実際にはもう2度と開けられない状態になっていたのでした。






4月10日週報から

聖日礼拝「総督ピラト」マタイ福音書27章11-26節

聖書の御言葉 

さて、イエスは総督の前に立たれた。…
                      マタイの福音書 2711

Meanwhile, Jesus stood before the governor,…

                      MATTHEW 27.11

■ユダヤ地方は、ヘロデ大王の死後、その子らに分割されていましたが、南部に

ついては、領主アケラオがその暴政の故に退けられると、ローマ帝国スリヤ領総

督配下のユダヤ地方総督の直轄地となりました。「ピラト」は26-36年まで務めた

五代目のユダヤ総督でした。使徒の働きに登場するペリクスは11代目、フェスト

12代目のユダヤ総督です。総督は、平素はカイザリヤに駐在していましたが、

祭りの時等はエルサレムに来て治安維持の陣頭指揮を執りました。


4月3日週報から

聖日礼拝「アドラムの洞窟で」サムエル記 第1 22章1-4節

聖書の御言葉

ダビアはそこを去って、アドラムのほら穴に避難した。

                          サムエル記第1 221

David left Gath and escaped to the cave of Adullam.

                          1 SAMUEL 22.1

2022年3月分

3月27日週報から

聖日礼拝「テサロニケの町での伝道②」使徒の働き17章5-10節

聖書の御言葉

世界中を騒がせて来た者たちが、ここにもはいり込んでいます。

                         使徒の働き176

These men who have caused trouble all over the world have now come here,

                       ACTS 17.6






3月20日週報から

聖日礼拝「テサロニケの町での伝道」使徒の働き17章1-4節

聖書の御言葉

パウロはいつもしているように、会堂に入って行って、三つの安息日にわたり、

聖書に基づいて彼らと論じた。            使徒の働き172

As his custom was, Paul went into the synagogue, and on three Sabbath days

he reasoned with them from the Scriptures, ・・・.  ACTS 17.2

■ピリピからアムピボリス、アポロニヤを経て約100kmの道のりを移動して、パウ

ロ達はテサロニケにやって来ました。 ローマ帝国マケドニア州の州都だったこの

町は、現在でも、ギリシヤではアテネに次いで2番目に大きな都市、中央マケドニ

ア及びマケドニア・トラキア行政管区の首府「テッサロニキ」として栄えていま

す。ローマ帝国、東ローマ帝国時代の建築、モザイクの美術品などが「テッサロ

ニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群」として世界遺産に登録

されています。









3月13日週報から

聖日礼拝「看守」使徒の働き16章19-40節

聖書の御言葉

真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、他の囚人

たちも聞き入っていた。ところが突然、大地震が起こって…。

                        使徒の働き162526

About midnight Paul and Silas were praying and singing hymns to God, and

the other prisoners were listening to them. Suddenly there was suchviolent

earthquake-….      ACTS 16.2526

■女奴隷から占いの霊が出て行きました。彼女の占いによって利益を得ていた

人々は儲ける望みを失い、パウロとシラスを捕らえ、訴えました。彼らは、一人

の同胞の人生が新しくされた事を喜ぶのではなく、収入源が絶たれた事に腹を立

てたのでした。




3月6日週報から

聖日礼拝「ピリピにおける福音宣教」使徒の働き16章11-18節

聖書の御言葉

…それからピリピに行ったが、ここはマケドニアのこの地方第一の町で、植民都

市であった。私たちはこの町に幾日か滞在した。使徒の働き1612

From there we traveled to Philippi, a Roman colony and the leading city of that

district of Macedonia. And we stayed there several days.    ACTS 16, 12

■ピリピの町:古くは「泉」とか、時には「春」の意味でも使われる「クレニデス」

という名で呼ばれていたという。ある時期には近くにある金山かあり、アレキサ

ンダー大王のフィリップも金山を目当てにこの町を占領、要塞化したが、新約聖

書に描かれている時代には既にその金山は廃鉱になっている。■「この地方第一

の町」:ローマ帝国マケドニア州の州都は「テサロニケ厂であった。紀元前167

にマケドニア州が4地方に区分された時にも、ピリピが所属した「第1地方」の都

は「アンピポリス」だったと言う。政治的な首都ではないが、この土地で、the

leadin city (英訳)、[leading 第1級の、一流の、主要な、優れた、先導する、指

導する]という存在感のある町だったと思われる。






2022年2月分

2月27日週報から

聖日礼拝「堅く立つ備え」第一サムエル17章34-40節

聖書の御言葉

ペリシテ人ほ戦いのために軍隊を招集した。彼らはユダのソコに集まり、ソコと

アゼカの間にあるエフェス・ダミムに陣を敷いた。サウルとイスラエル人は集ま

って、エラの谷に陣を敷き、ペリシテ人を迎え撃つため、戦いの備えをした。

                      サムエル記第1 171-2

Now the Philistines gathered their forces for war and assemble at Socoh in

Judah. They pitched camp at Ephes Dammim, between Socoh and Azekah. Saul

and the Israelites assembled and camped in the Valley of Elah and drew up

their battle line to meet the Philistines.

                           I SAMUEL 17.1-2

■ベツレヘムの南西約23km、「エラの谷」。「谷」と言っても、深い渓谷ではなく、

二つの丘の間に幅韵1.6kmの平地という地形。そこに殆ど水がない川があるので、

一応、「谷」と呼ばれているそうです。ガザ地区からも遠くなく、紛争が起こるた

びにロケット攻撃を受けてきた場所でした。古代イスラエル王国サウル王の時

代、ペリシテ人がここで陣を敷いた丘は、「エフェス・ダミム」と呼ばれていま

す。それは「血の境界線」という意味です。エラの谷は3000年前も争いが始まる

場所だったのです。旧約聖書サムエル記第1は、ある時、その戦場に、鎧をつけ

ず、剣も持だない羊飼いの少年が立っている光景を描いています。






2月20日週報から

聖日礼拝「トロアスまでの道」使徒の働き16章6-10節

聖書の御言葉

それでムシヤを通って、トロアスに下った。       使徒の働き 168

So they passed bMysia and went down to Toroas.   ACTS 16.8

■トロアス。現在のトルコ共和国の西部、エーゲ海に面したこの町の正式名称は

 「アレキサンダーのトロアス」だったそうです。その町の名は、かつてギリシャ

半島からインドの近くまで支配した大帝国を築いたアレキサンダー大王にちなん

で名づけられていたのです。後にパウロ達が立ち寄るマケドニアのピリピ、テサ

ロニケも、其々アレキサンダー大王の父フィリッポス2世と、父違いの姉妹の名前

からとられたものでした。「私の目的は東を西に結びつけること」と言って巨大な

帝国を作ったアレキサンダーは、配下にした町に自分の名を残したのです。

■ムシヤを通ってトロアスに下って行くパウロ達は、その時他の道が閉ざされた

ので、この道を進んでいました。 しかし、その様にして、西と東を結びつけるだ

けでなく、全ての人を神様の家族とする主の福音は、アジアからヨーロッパに届

けられようとしていたのでした。





2月13日週報から

聖日礼拝「2度目の旅の始まり」使徒の働き15章36節―16章5節

聖書の御言葉

…バルナバはマルコを連れて、船でキプロスに渡って行った。パウロはシラスを

選び、兄弟だちから主の恵みにゆだねられて出発した。

                        使徒の働き 153940

Barnabas took Mark and sailed for Cyprus, but Paul chose Silas and left,

commended by the brothers to the grace of the Lord.

                           ACTS 15.39-40





2月6日週報から

聖日礼拝「エルサレム会議」使徒15章1-35節

聖書の御言葉

…パウロとバルナバと、その仲間の幾人かが、この問題について使徒たちや長老

だちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。

                           使徒の働き 152

So Paul and Barnabas were appointed, along with some other believers, to go

up to Jerusalem to see the apostles and elders about this question.

                           ACTS 15.





2022年 1月分

1月30日週報から

聖日礼拝「その日以来」サムエル記第1 10章11-13節

聖書の御言葉

主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。

                         サムエル記第1 1613

and from that day on the Spirit of the LORD came upon David in power.

                            1SAMUEL 16.13

■エルサレムの南約8km、海抜800mの尾根の東側の斜面にベツレヘムという町

がありました。彼は、この町に住むエッサイという人の息子で8人兄弟の8番目の男

子でした。彼の仕事は父親の持ち物である羊の群れの世話でした。その日、ベツレ

ヘムの町に、預言者サムエルがやってきてエッサイと子供達に会いに来ましたが、

羊の番をしている末の子は、暫く呼ばれませんでした。羊の番をしている末の子は、

エッサイにとって、大切な時に居なくても困らない存在でした。しかし神様は彼を、

とても大切な務めの為に、見出し、選んでいたのでした。






1月23日週報から

聖日礼拝「伝道の旅の帰路」使徒の働き14章21-28節

聖書の御言葉

そこに着くと、教会の人々を集め、神が彼らとともにいて行われたすべてのことと、

異邦人に信仰の門を開いてくださったこととを報告した。

                          使徒の働き1427

On arriving there, they gathered the church together and reported all the God

had done through them and how he had opened the door of faith to the Gentiles.

                          ACTS 14.27




1月16日週報から

聖日礼拝「人の姿を取った神様」使徒の働き 14章8-20節

聖書の御言葉

皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。

                           使徒の働き1415

Men, why are you doing this? We too are only men, human like you.

                          ACTS 14.15

■ルステラの町:イコニオムの南西30km弱。ピシデヤのアンテオケとはローマ帝国

が整備した軍用道路で直接つながっていたという。紀元前6年、皇帝アウグストはこ

の町を植民都市として整備させた。■1419節以降の記録では、パウロが石で打た

れ追放されたように描かれていますが、20節では半死半生のパウロを弟子達が取り

囲んでいたと言われます。相当数の人々が信仰に導かれた事がうかがえます。そし

て、その中には、後にパウロと共に主の為に働く若者テモテやその母、祖母もいた

のでした(使徒16章参照)






 1月9日週報から

聖日礼拝「イコニオム 二派に分かれた町」使徒の働き14章1-7節

聖書の御言葉

それでも、ふたりは長らく滞在し、主によって大胆に語った。主は、彼らの手に

しるしと不思議なわざを行わせ、御恵みのことばの証明をされた。
ところが、町の人々

は二派に分かれ・・・

                           使徒の働き14章3-4節 

So Paul and Barnabas spent considerable time there, speaking boldly for the

Lord, who confirmed the message of his grace by enabling them to do miraculous

signs and wonders. The people of the city were divided;・・・.

                                                                      ACTS 14.3-4







1月 2日週報から

聖日礼拝「御言葉は道の光、足の灯」詩篇119篇105-112節

聖書の御言葉

あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。

                         詩篇119篇105節

Your word is a lamp to my feet, and a light for my path.

                                                 PSALM 119.105





週報2021年1月―12月分

12月分

12月26日週報から

聖日礼拝「ともに道を歩いて」ルカ福音書24章13-32節

聖書の御言葉

話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らととも

に道をあるいておられた。

                         ルカの福音書 2415

As they talked and discussed these things with each other, Jesus himself came

up and walked along ith them;

                            LUKE 24.15




12月19日週報から

聖日礼拝「インマヌエル 共にいて下さる救い主」マタイ福音書1章18-25節

聖書の御言葉

「見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼

ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、と言う意味である。)

                           マタイの福音書 123

The virgin will be with. child and will give birth to a son, and they will call him

Immanuel which means,God with us.
                         MATTHEW 1.23

■新約聖書の最初の書物であるマタイ福音書は、その第1章において、救い主の誕生

 の経緯を語り、イエス様は、「ご自分の民をその罪から救う」救い主である事を宣言

 します。「救い亅と言っても、直面する課題と目指す状況がどのようなものかによっ

 て、その内容は変わってきます。聖書が語る「救い」とは、神様に対する罪、罪に

 支配される人生、罪が招く裁きからの救いです。この世の何者によってもかなわな

 かった罪からの救いをもたらす御方こそ、闇の中の光、全ての人を照らすまことの

光、万軍の主の熱心によって、信じる者を堅く立たせ、支えて下さる王である御方、

まことの救い主なのです。



12月12日週報から

聖日礼拝「王であるみどりご」イザヤ書9章6-7節

聖書の御言葉

ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。…

                          イザヤ書 967

For to us child is born,

                          ISAIAH 9.6-7

■イザヤ書91-5節では、闇から光、争いから平和へという大きな変化が、神様の一

方的な御働きによる事が語られていましたが、6節では、それが一人の男の子の誕生

から始まる事が語られています。■誰かに、「私はあなたのために生まれてきまし

た」と告白される事を考えて見て下さい。 ドラマのセリフか、流行歌の歌詞か、ふ

ざけているか、と思うでしょう。でも、本当に、本心からそう言う言葉を言う人が

いたら、感動的な話です。■聖書は、私たちの為に、あなたの為に、私の為に、生

まれて下さったお方、私たちの為に神様が与えて下さったお方がいらっしやると述

べています。その故に、私達はどんなに深い闇の中にいても、決して孤独ではない

事になります。■クリスマス。イエス様の誕生を記念する日は、救い主である一人

のみどりごを私達の為に与えて下った神様の愛を覚える日であります。



12月05日週報から

聖日礼拝「すべての人を照らすまことの光」ヨハネ福音書1章9-13節

聖嗇の御言

すべての人を照らすまことの光が世に来ようとしていた。

                        ヨハネの福音書 19

The true light that gives light to every man was coming into the world.

                      John .9

■まことの光:日本語で「まこと」と言うと、大体は、嘘・偽りに対して、本当、と

言う意味ですが、ここで使われている言葉は、嘘に対する真実ではなく、不完全な

もの、影のようなものに対して、完全なものとか、実体を意味する言葉だそうです。

■オリンピックの期間中にスタジアムの聖火台で燃えている聖火は美しい物です

が、もとは、オリンピアの遺跡で大きなレンズを使って太陽光線を集めて着火され

た炎です。「まことの光」は太陽であり、聖火台の炎は副産物のような物と言えます。

■後にイエス様は、ヨハネ伝5.25のように仰いました(各自、お読み下さい)。バプテ

スマのヨハネも確かに、人々の心に響く言葉を語った預言者であり、人々は彼を

 「光」と思ったかもしれませんが、それは「燃えて輝くあかり」のような光。まこ

との光は、ヨハネが指し示した救い主イエス様なのです。


2021年11月分

11月28日週報から

聖日礼拝「闇の中の光」イザヤ書9章1-5節

聖書の御言葉

闇の中を歩んでぃた民は、大きな光を見た。

                イザヤ書 92

The people alk:ing in darkness have seen great light.

                         ISAIAH 9.2

■イザヤ書9.1で語られる「ゼブルン」、「ナフタリ」の地、は、イスラエルの12部族の

中の2つの部族の名前で、この2つの部族はガリラヤ湖の南側に領地を与えられてい

ました。イザヤ書の時代には、そこは北イスラエル王国の一部であり、酉側の地中

海岸にはフェニキヤ人、ガリラヤ湖の東側にはアラム人と言う異民族に挟まれる地

域となっていました。異邦人と境を接するこの地域は、紛争の際には戦場となり、

平時においても異邦人の行き来があったため、その住民たちは次第に純粋なユダヤ

 人ではなくなっていました。■同胞からも「異邦人のガリラヤ」と侮られ、神様の

祝福を失った人々と見做されていた人々に、預言された「大きな光」とは一体何の

ことなのでしょうか?それは私達と何の関わりがあるのでしょうか?





11月21日週報から

聖日礼拝「使徒パウロのメッセージ」使徒13節14-41節

聖書の御言葉

モーセの律法によっては解放されることのできなかったすべての点について、信じる

者はみな、この方によって解放されるのです。    使徒の働き 1339

Through him everyone who believes is justified from everything you could not be

justified from by the law of Moses.          ACTS 13.39

■ピシデヤのアンテオケ:パンフリヤのペルガから北に約160km、ローマ帝国アジ

ア州とガラテヤ州の境に位置するアンテオケは、標高1098mの高地に建設された町

でした。パンフリヤのデルベからは、3000m級の山々が連なるトロス山脈を越えな

ければなりませんでした。■前回の舞台ペルガを含むパンフリヤは、トロス山脈か

ら地中海に注ぐ河川の流域であり、その温暖な低地にはマラリヤなどが発生しやす

い沼地が広がっていたと言われます。■後に、このピシデヤのアンテオケ、を含む

ガラテヤ州の諸教会への手紙の中でパウロは「ご承知のとおり、私が最初あなたが

たに福音を伝えたのは、私の肉体が弱かったためでした。」(ガラテヤ4.13)と述べて

います。パウロがマラリヤだったかどうかは定かではありませんが、この時パウロ

は体調を崩しながらも、険しい山道を次の町へと進んでいたのでした。






11月14日週報から

聖日礼拝「マルコ」使徒の働き13章13節

聖書の御言葉

・・・ここでヨハネは一行から離れて、エルサレムに帰った。

                        使徒の働き 1313

where John left them to return tJerusalem
                       ACTS 13.13

■ハンプリヤのペルガ、と言う町での出来事。バルナバとサウロが伝道の旅の助手

として連れて来ていたヨハネが、エルサレムに帰ってしまいました。彼は「マルコ

と呼ばれる」ヨハネ、であり、使徒12.12によれば、彼の母マリヤの家がエルサレム

にあり、そこには教会の兄姉が大勢集まって祈っていました。彼の実家は、「家の教

会」だったのです。■コロサイ書4.10によれば、彼はバルナバのいとこでありまし

た。慰めの子と呼ばれた教会の指導者、この伝道の旅の中心人物と彼は親戚だった

のです。■いうなれば、「信仰においては恵まれた環境で育ったクリスチャン2世」

だった彼は、何故、伝道の旅の途中ではバルナバとサウロから離れてしまったので

しょうか。そして、大事な持ち場から去ってしまった彼を、主はどうご覧になるの

でしょうか。




11月 7日週報から

聖日礼拝「救い主から目を離さずに」へブル人への手紙12章1-3節

聖書の御言葉

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いてい

るのですから、・・・。            へブル人への手紙 12章1節  

Therefore, since we are surrounded by such great cloud of witnesses,

                          HEBREWS 12.1

■「多くの証人たち」:ヘブル11章に綴られている、信仰に生きた人々の事です。旧

約聖書のアブラハムを始め、「約束のものを手に入れることはありませんでしたが、

はるかにそれを見て、喜び迎え、地上では旅人であり、寄留者であることを告白し

ていた」信仰の先人達です。地上では旅人でしたから、地上で約束のものは得られ

ませんでしたが、地上の生涯と言う旅の先に、神様は彼らの為に都を用意して下さ

っていました。彼らは今も神様の御前で生きています。彼らと共に、私達が知って

いる兄姉、先生方も、滅びてしまったのではなく、今も生きています。この信仰の

先人、先輩たちは、信じる者はやがて神様の国に招かれると言う聖書の約束の証人

です。この証人、証言の故に、私達も天国の希望を持つことが出来るのです。

2021年10月分

10月31日週報から

聖日礼拝「キプロス島での伝道」使徒の働き13章4-12節

聖書の御言葉

二人は聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、そこから船でキプロスに渡った。
                        使徒の働き 13章4節

The two of them, sent on their way by the Holy Spi:rit, went down to Seleucia and
sailed from there to Cyprus.                 ACTS 13.4

■キプロス島:アンテオケからは直線距離で約160kmの地中海に浮かぶキプロス島

は地中海に浮かぶ島の中では3番目に大きな島と言われている。「キプロス」は ラ

テン語「クプルム(銅)」から来ており、銅鉱の産地でもあった。■島の首都は島の西

側にあった町パポス。「パポス」はギリシヤ神話の女神の名前であり、不道徳の代名

詞の一つであった。■紀元前57年にローマ帝国に併合された後、紀元前22年、「元

老院属州」と言う扱いになった。ローマ帝国には元老院の影響が強い元老院属州と、

皇帝の影響が強い「元首属州」があり、元老院属州には「地方総督」が、元首属州

には「総督」が派遣されたと言う。■ここが、バルナバとサウロの最初の宣教地と

なったのは、バルナバの出身地だったから、と言う理由だけでなく、ふしだらな偶

像崇拝とこの世の権力者に支配された場所であり、ここもイエス様の福音を必要と

する土地だったからなのだ。




10月24日週報から

聖日礼拝「バルナバとサウロを送り出したアンテオケ教会」使徒の働き13章1-12節

聖書の御言葉

そこで彼らは、断食と祈りをして、2人の上に手を置いてから、送り出した。

                         使徒の働き 133

 So after they had fasted and prayed, they placed their hands on them and sent

them off.                    ACTS 13.3

■アンテオケ教会の兄弟姉妹達は、聖霊なる神様のお言葉を受け、バルナバとサウ

ロを、主が彼らを、その事の為に召した務めの為に、アンテオケ教会から送り出し

ました。■「送り出した」と言う言葉は「解き放つ」「自由にする」と言う意味の言

葉だそうです。アンテオケ教会に於いて、バルナバとサウロに期待された働き、す

でに担っていた働きが沢山あった事でしょう。しかし、教会は、主の御言葉の故に、

2人をアンテオケに繋ぎとめるようなことをせず、主に存分に用いて頂くために、ア

ンテオケから解き放ったのです。わたしの願いではなく、主の御心のままにと祈ら

れた主イエス様の姿に倣う兄姉がここにもいたのです。




10月17日週報から

聖日礼拝「神に栄光を帰すという事」

聖書の御言葉

主のみことばは、ますます盛んになり、広まって行った。

                         使徒の働き 1224

But the word of God continued to increase and spread.

                         ACTS 12.24

■教会を迫害し、ぺテロを逮捕したヘロデ王の最後を使徒12章は語ります。その直

前には、牢獄から救出されたぺテロが祈り続けていた教会の兄弟姉妹達の所に帰っ

てくる様子が描かれています。■しかし、そこでは教会の兄姉がぺテロの帰還をす

ぐには信じられず入り囗でぺテロを取り次いだ女中が叱られると言う有様です。彼

らはぺテロの為に熱心に祈っていたと言われますが、その祈りが応えられた時に

 は、すぐに喜べずにいます。彼らの「熱心な祈り」とは、どんな祈りだったのか。

 信じ切れずに、疑い、動揺しつつ、それでも祈り続ける祈りだったのです。狼狽え

 る者を寄せ付けない信仰の猛者はそこにはいませんでした。私達と同じ弱さ、不安、

 疑いを抱える人々が、祈り続けていました。そして神様はへロデではなく、この兄

 俤達に勝利を得させて下さったのです。




10月10日週報から

聖日礼拝「大飢饉と迫害の中で」使徒の働き11章27節―12章11節

聖書の御言葉

今、確かに分かった。主は御使いを遣わして、へロデの手から、また、ユダヤ人だ

ちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ

                         使徒の働き 1211

 Now know without doubt that the Lord sent his angel and rescued me from

 Herod's clutches and from everything the Jewish people were anticipating

                          ACTS 12.11

■ヘロデ:使徒12章に登場する「へロデ王」は、マタイ2章に登場する「へロデ大王J

 の孫であり、「へロデ・アグリッパ」とも呼ばれます。彼はローマで、カリグラやクラ

 ウデオと親交を持ったことから厚遇された事から、ヘロデ大王が持っていた領土全

 体を手に入れました。ユダヤ人の間では「最後の王」とも呼ばれています。

■へロデ・アグリッパは、エドム人でありながらユダヤ教の儀式にも熱心に参加し

 ていたので、ユダヤ教の指導者達からも慕われていました。ユダヤ人からの良い評

 判を得るために、へロデは教会を迫害しましたが、ご自分を信頼する者達の為に働

 かれる神様はぺテロを守り、教会の祈りに応えて下さったのです。




10月3日週報から

聖日礼拝「初めてキリスト者と呼ばれた兄弟達」使徒の働き11章19-30節

聖書の御言葉

ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからは、

ギリシャ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。
                           使徒の働き 1120

Some of them, however, men from Cyprus and Cyrene, went to Antioch and began

to speak to Greeks about the Lord Jesus.
                           ACTS 11.20

アンテオケ:紀元前300年代の終わり頃、シリアの王セレウコス1世によって、シリ

ア西半の首都として建設された町。現在でも、トルコ共和国ハタイ県のアンタキヤ

として存続し、約20万人の人々が暮らしている。ローマ帝国時代には50万人が住み、

ローマ総督の官邸の他、舗装された約7kmの街路、円形劇場、競技場、公衆浴場、噴

水なども建設され、上下水道まで完備されていたと言う。「東方の女王」と呼ばれた

この町は、ローマ、アレキサンドリアに次ぐ、ローマ第3の都市だった。




週報2021年9月分

9月26日週報から

聖日礼拝「痛い人生、喜びの人生」伝道者の書5章10節―20節

メッセージ 吉田宣教師


9月19日週報から

聖日礼拝「コルネリオ達へのメッセージ」使徒の働き10章34-48節

聖書の御言葉

「このイエス・キリストはすべての人の主です。…」 使徒の働き1036

 “…Jesus Christ, who is Lord of all .”      ACTS 10.36

■カイザリヤのコルネリオに招かれた使徒ペテロはコルネリオ達が御言葉を求め

てヘテロの到着を待っていたと聞き、イエス様の事を語り始めます。話している内

に、聖霊なる神様が聴衆に下り、コルネリオ達は異言を話し、讃美を始めます。ユ

ダヤ人が聞いた場合の異言(外国語)、とは異邦人コルネリオにとっては自分の言葉

です。彼らは自分達の言葉で信仰の証をし、神様を賛美し始めたのでした。

10章は「彼らはぺテロに数日間滞在するように願った」という言葉で結ばれます。

コルネリオ達はバプテ、スマを受けましたが、この時ヘテロが語っていたメッセージ

はまだ「話し始めていると」という段階でした(11.15参照)。彼らは更にヘテロから主

のお言葉を学びたかったのでしょう。バプテスマを受けた事は行程の終わりではな

く、出発点です。イエス様の弟子は日々、主の御旨を探求していく者なのです。




9月月12日週報から

聖日礼拝「コルネリオ」使徒の働き9章43節―10章16節

聖書の御言葉

「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。」

                         使徒の働き1015節

Do not call anything impure that God has made made clean.”

                                      ACTS 10. 15

■紀元前22年、へロデ大王は、ヨッパの北48㎞、地中海に面した古い町を再開発し、

港、防波堤、城壁に囲まれた150haの街域を建設しました。 12年の歳月をかけて建

設された新しい町は、ローマ皇帝に敬意を表して「カイザリヤ」と命名されました。

皇帝を崇拝する神殿、駐在するローマ総督の為の白色大理石の官邸、3万人を収容で

きる競技場や劇場まで建設されたこの町は「小さなローマ」とも呼ばれました。

■この皇帝を崇めるためにこの世の富を惜しみなく注ぎ込んだ町で、百人隊長コル

ネリオは「神を恐れかしこみ」「いつも神に祈り」歩んでいたのです。



9月5日週報から

聖日礼拝「イエス・キリストがいやしてくださる」使徒の働き9章32-43節

聖書の御言葉

「アイネヤ。イエス・キリストがあなたをいやしてくださるのです。立ち上がりなさい。                            
そして自分で床を整えなさい。」             使徒の働き934

Aeneas,Peter said to him  “ Jesus Christ heals you. Get up and take care of

your mat .                    ACTS . 31

■使徒の働きは再び、使徒ペテロの動向に注目します。サマリヤ伝道を応援したぺ

テロは、「あらゆる所を巡回」して、ルダ、ヨッパの町に行きました。ルダはエルサ

レムの北西約40㎞に位置する古い町であり、この頃までは紫染料を商って潤ってい

ましたが、西暦70年にローマ帝国がエルサレムを滅ぼすと、ユダヤ教の教師達がル

ダに逃げてきたために、その頃からは学問の町に様変わりしたと言われています。

ヨッパは、ルダから更に15km程、地中海寄りに位置する町でした。このヨッパの少

し南側に、エチオピアの宦官と別れた後、ピリポが姿を現したアゾトがあります。

ピリポは更に「すべての町々を通って」「カイザリヤに行った」と言われています(使

8.40)。ぺテロの道のりは、ピリポと共に、福音がユダヤ、サマリヤから、更に西

へ、或いは更に北へと拡大していく道のりでもあったのです。





週報2021年8月分

8月29日週報から

聖日礼拝「平安を保ち前進する教会」使徒の働き9章19-31節

聖書の御言葉 

こうして、教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平

安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふ

えて行った。                      使徒の働き931

Then the church throughout Judaea, Galilee, Samaria enjoyed time of peace.

!t was strengthened; and encouraged by the Holy Spirit; it grew in numbers

Living in the fear of the Lord.              ACTS . 31

■ステパノ殉教、エルサレム教会迫害、ピリポのサマリヤの伝道、迫害者サウロの

改心。この一連の記録の結びの言葉は、この931節です。迫害者を取り込み、後の

使徒となる人材を得たから前進だったのでしょうか。信じた後もギリシャ語を使う

ユダヤ人から命を狙われるようなサウロがタルソに去ったから平安を保てたので

しょうか。教会に平安を保ち、前進をさせたのは何だったのでしょうか。




8月22日週報から

聖日礼拝「ダマスコの近くで」使徒の働き9章1-10節

聖書の御言葉

「立ち上がって町に入りなさい。そうすれば、あなたのしなければならないことが

告げられるはずです。」                 使徒の働き9章6

 “Now get up and go into the city, and you will be told what you must do .

                        ACTS . 6

■パウロの回心の舞台となったダマスコは、エルサレムの北北東約220kmに位置す

る町。アラビヤ人の間では「楽園」と呼ぱれ好まれていた町。紀元前64年にローマ

帝国の支配下となっていた。「諸会堂」と呼ばれる程、ユダヤ教の会堂が建つ程、ユ

ダヤ人住民が多かったが、後のユダヤ戦役に於いてはこの町で1万人以上のユダヤ

人が犠牲になったと言われている。




8月15日週報から

聖日礼拝「ガザに下る道」使徒の働き8章26-40節

聖書の御言葉

「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(このガザは今、荒

れ果てている。)                   使徒の働き826

 “Go south to the road – the desert road that goes down from Jerusalem to

Gaza.”                            ACTS . 26

■「このガザは今、荒れ果てている」は、英文では「砂漠の道」「荒野」となってい

ます。道が荒れ果てているのか、ガザが荒れ果てているのか、諸説ありますが、い

ずれにせよ、サマリヤでの伝道が祝福されつつあるタイミングで、ピリポは荒れ果

てた土地に遣わされる事になりました。人の考えでは、とても奇妙な人事異動です

が、神様はそこにも救いを必要とする人を備えていました。





8月8日週報から

聖日礼拝「迫害で散らされていても」使徒の働き8章1-13節

聖書の御言葉

ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。

                                          使徒の働き85

Philip went down to a city in Samaria and proclaimed the Christ there.

                            ACTS . 5

■使徒の働き8章は「サウロはステパノを殺すことに賛成していた。」と始まります。

758節で、ステパノを石打ちにした人々、証人達の着物を預かっていた彼は、ステ

パノの処刑を実質的に現場で指揮していた人物でした。次の9章で、彼の人生は大き

く変えられる事になりますが、8章では、まだ、サウロは教会を迫害する事で神様に

仕えていると本気で信じている時代です。サウロを先頭にして「激しい迫害」が起

こる中、兄姉は、散らされた先で、御言葉を宣べながら巡り歩いていきます。


8月1日週報から

聖日礼拝「ステパノ③」使徒の働き7章54-60節

聖書の御言葉

「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」

                           使徒の働き756

Look,he said, “1 see heaven open and the Son of Man standing at the right

hand of God.”            ̄             ACTS . 56

■ステパノの石打ち刑は、一見、激昂した群衆が行った「私刑」に見えますが、①

人々がわざわざ町の外、つまり処刑場に場所を移している事 ②証人達が自分の上

着、着物を脱いで、指導者の足元に置く等、規則通りの手続きを行っている事 ③

同日に起こる教会への迫害に於いて、その指揮官サウロが大祭司の添え文を準備し

ている事 などから、大祭司とユダヤ教の議会が正式に認めていた計画だったと言

えます。■イエス様を十字架に架けた人達同様、ステパノに石を投げつけた人々も

 「自分達が何をしているのか分からない」とは決して言う事が出来ない人たちでし

た。しかし、ステパノは、イエス様がそうされたように、彼らの為に執り成しの祈

りを捧げるのでした。




週報2021年7月分

7月25日週報から

聖日礼拝「ステパノ②」使徒の働き6章13節⏤7章53節

聖書の御言葉

大祭司は「その通りか。」と尋ねた。そこでステパノは言った。「兄弟たち、父た

ちよ。聞いてください。…」             使徒の働き712

Then the high priest asked him,Are these charges true ? To this he replied;

Brothers and fathers, listen to me …”       ACTS . 1-2

■ステパノは、リベルテンの会堂に属する人々と彼らに先導された群衆によって議

会の裁に判引き渡されました。箴言18.17には「最初に訴える者は、その相手が来て彼

を調べるまでは、正しく見える」とあります。確かに「最初に訴え」て、既に群衆

を扇動していた方が有利かもしれません。それでも、法廷が公正なら、訴えられた

人が後から弁明し、正確に調べてもらう事によって、事実は明らかになるでしょう。

■しかし、ステパノが立った法廷は、すでに使徒達を迫害してきた法廷であり、イ

エス様を十字架に架ける事を決めた法廷でした。悔い改めを促しても、それを聞く

つもりは最初から持ち合わせていない相手に、ステパノの証言は「命がけの叱責

にならざるを得なかったのです。

        

7月18日週報から

聖日礼拝「ステパノ①」使徒の働き6章8-14節

聖書の御言葉

ところが、いわゆるリペルテンの会堂に属する人々…などが立ち上がって、ステパ

ノと議論した。                     使徒の働き69

Opposition arose, members of the Synagogue of the Freedmen( as

It is called) These men began to argue with Stephen,

                            ACTS .9

■「リベルテン」:ラテン語「リペルティニ」のギリシャ語読みの言葉で、「自由にさ

れた人」「解放された奴隷」を意味しました。 BC61年にローマの将軍ポンペイウス

がローマに引き連れて行った大勢のユダヤ大奴隷を解放しました。彼らとその子孫

が「リベルテン」と呼ばれました。彼らの中からエルサレムに帰って来た人々は、

彼らだけの会堂を持って礼拝を行っていました。■この人々も、「ギリシャ語を使う

ユダヤ人」に含まれるのですが、異邦人の奴隷と言うギリシャ風の生き方の最も厳

しい部分を知っていた彼らは、ギリシャ風のルーズな生き方を好まず、ユダヤ教の

戒めを熱心に守っていました。ギリシャ語を使うユダヤ人のために働く事になった

ステパノが彼らと出会ったとき、議論となったのです。■ステパノに対する迫害は、

祭司や指導者によるものではなく、町にいる人々が更に民衆を扇動し、最後にステ

パノを権力者に引き渡したという点が、これまでの迫害と違うものでした。議会が

ステパノを石打ちにしてしまうのも、民衆の後押しがあった事が影響していると言

われています。




         

7月11日週報から

聖日礼拝「御言葉と祈りを掲げて」使徒6章1-7節

聖書の御言葉

そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人た

ち七人を選びなさい。私たちはその人たちにこの仕事に当たらせることにします。

                            使徒の働き63

Brothers, choose seven men from among you who are known to be full of the

Spirit and wisdom. We will turn this responsibility over to them.

                           ACTS .3

■最初の教会に、イエス様の弟子となる仲間が増やされるに連れて、問題が生じた

と使徒6章は語り始めます。ギリシヤ語を話すユダヤ人のやもめ達が、毎日の配給に

ついて「なおざりに」されていたと言うのです。■ユダヤ人は、十分なものを持て

ない同胞に、強い責任を常に感じている民族でした。ユダヤ教の会堂では、特定の

スタッフが、毎週金曜日に市場や個人宅を巡って必要なものを集め、その日のうち

に分配されていました。一時的に援助を必要としている人々にも、急場をしのぐに

は十分なものが配られたそうです。常時一人で生活している人には、「14食分に必要

な物」が配られたと言う。これは、1日2食の計算で1週間分の支援だったそうです。

■初代教会が、仲間の必要のためにどの様に分け合っていたかは定かではありませ

んが、受け継がれた習慣の、少なくともその心を受け継いでいた事は幸いな事だっ

たと言えるでしょう。




7月 4日週報から

聖日礼拝「神様を畏れ敬う人々」使徒5.12-42

聖書の御言葉

… その人々は彼らを尊敬していた。         使徒の働き513

they were highly regarded by the people.       ACTS .13

■アナニヤとサッピラの辛い出来事の直後、教会全体とその事件を知る全ての人

に、神様に対する非常な恐れが生じたと言われます。神様は侮られる御方ではない

事を改めて覚えた兄姉は、いよいよ主の御業を現わし、心を一つにして、ソロモン

の廊で集会を続けました。アナニヤとサッピラの事件は決して楽しい事や喜ばしい

事ではありませんでしたが、そこから生じた主に対する恐れとそれによって整えら

れた兄姉の生き方は、周囲の人々の目には、驚きでした。ソロモンの廊での集会を

遠巻きにして眺める、人々の視線は、イエス様の弟子達を尊敬するものになってい

ました。■詩篇11971節「苦しみに会づたことは、私にとってしあわせでした。私

はそれであなたのおきてを学びました。」困難の中で、主を恐れる事を学んだ時、私

達の歩みもまた、世の人に対して良き証となるのです。厳しい状況においても、主

を畏れ敬い、主に期待しましょう。



週報2021年6月分 

6月27日週報から

聖日礼拝/特別集会「時が良くても悪くても大切にしたい事」

創世記1.26-31 3.1-21

聖書の御言葉

・・・そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは

非常に良かった。                      創世記1章31節

…土地はあなたのためにのろわれてしまった。         創世記317

God saw an that he had made, and it was very good      GENESIS 1.31

Cursed is the ground because of you             GENESIS 3.17

■聖書は、神様の天地創造についての御言葉から始まります。神様が造られた世界

は「非常に良かった」と言われます。しかし、人が罪を犯した時、全地は「のろわ

れてしまった」と綴ります。非常に良かった、と言える時とはどんな時で、人はそ

こでどのように歩んでいたのでしょう。非常に良かった時が一変した時、神様は何

をされたのでしょう。そこに、私達が、今、時が良くても悪くても大切にしたい事

があります。






6月20日週報から

聖書の御言葉

信じた者の群れは、心と思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分の物と言

わず、すべてを共有にしていた。          使徒の働き432

All the believers were one in heart and mind. No one claimed that any of his

possessions was his own, but they shared everything they had.

                          ACTS 4.32

■バルナバ:「慰めの子」と解説されています。「慰め」を意味するギリシャ語「バ

ラクレーシス」は、「傍らに呼び寄せる」事を表わし、そこから、そばに呼んで励ま

す「勧め」や、そばに招いて声をかける「慰め」と言う意味を持っています。バル

ナバは、改心したばかりの時にエルサレム教会に受け入れてもらえなかったサウロ

(パウロ)を執り成し、パウロの怒りをかったマルコを引き受けた「慰め」の人であ

り、パウロと共に伝道の旅に遣わされて、主の御言葉を語る「勧め」の人、「奨励者」

でもあったのです。




6月13日週報から

聖日礼拝「応えられた祈り」使徒4章23-31節

聖書の御言葉

主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語

らせてください。                   使徒の働き429

Now, Lord, consider their threats and enable your servants to speak your word

with great boldness.                  ACTS 4.29

■使徒ペテロとヨハネの逮捕、投獄。これから教会に襲い掛かるかもしれない困難

を予想すれば、兄弟姉妹達は意気消沈しても不思議ではない状態でした。しかし、

彼らは、共にいて下さる御方が万物の創造者であり所有者である神様である事を知

っていたので祈る事が出来ました(4.24)。■ある時、マルチン・ルターの元に、ローマ

教皇からの使者が来て、「主張を変えなければ何が起こるか分かちない。全ての

支持者を失う事になる。」と脅迫しました。「そうなったら、あなたはどこへ行くの

か」、と詰問する使者に対してルターは、「そうなったら、神の御手の中へ行きまし

よう」と答えたそうです。天国に行くと言う意味に理解する研究者もいますが、人

の間で孤立しても、神様の元に真の慰めがあるという宣言だと言われています。イ

エス様を信じる人には、最も親しい人以上にどんな時でも味方となり、支えて下さ

る御方が共にいて下さいます。



                                                          

6月6日週報から

聖日礼拝「無学な普通の人、イエスとともにいた人」使徒4章1-22節

聖書の御言葉

この方以外には、だれによっても救いはありません。  使徒の働き412

Salvation is found in no one else,            ACTS 4.12

■美しの門の傍らにいた人一生まれつきあしのなえた人-が立ち上がったのを見て

驚いている人々に、ぺテロ達がメッセージを語っていましたが、祭司達、宮の守衛

長、サドカイ人は、ぺテロ達を逮捕してしまいました。■祭司は神殿で使える聖職

者。宮の守衛長は、神殿警備の責任者に任命された「祭司」でした。サドカイ人は

ユダヤ教の派閥の一つでしたが、サドカイ派を構成するのは殆どが祭司たちでし

た。彼らは、死者の復活を信じていませんでした。■神殿の片隅で、祭司達に無許

可で集会が行われているのを守衛長は見逃がす事が出来ませんでした。神殿の中

で、祭司達、サドカイ人が普段教えていない「復活」を語る者がいれば祭司達も放

置する事が出来ませんでした。キリスト教会が受けた最初の迫害は、そのようなユ

ダヤ教の勢力の事情と、見聞きしたことを話さないわけにはいかない使徒たちの生

き方がぶつかった時に起きたのでした。



週報2021年5月分

5月30日週報から

聖日礼拝「ソロモンの廊でのメッセージ」使徒の働き3章11-26節

聖書の御言葉

そして、このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま

見ており知っているこの人を強くしたのです。     使徒の働き316

By faith in the name of Jesus, this man who you see and know was made strong.

It is Jesus’ name and ・ ・ ・ ・.         ACTS .16

■生まれつき足のきかない彼が、歩き出し、ペテロ達についていくのを見て、驚く

人々に、ぺテロはメッセージを語ります。■彼を立ち上がらせたのは救い主イエス

様を十字架に架けた人々に悔い改めて、神様に立ち返る事を勧めます。■「罪をぬ

ぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。」とぺテロは人々に

語り掛けます。昔の文書は、パピルス紙か粘土板に書かれていました。当時の墨、

インクはそれらに染み込まず、ただ表面で乾燥していただけでした。ですから、書

かれた文字を消す場合、粘土板なら水に浸してこすり、パピルス紙はスポンジ状の

物で拭ったと言います。罪を拭い去る悔い改め。神様は私達の罪状書きを消して下

さり、御前における私達の立場を変えて下さるのです。



5月23日週報から

聖日礼拝「キリストの名によって歩きなさい」使徒の働き3章1-10節

聖書の御言葉

・・・ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさい。  使徒の働き36

In the name of Jesus Christ of Nazareth, walk.          ACTS 3.6

■美しの門:新約聖書時代のエルサレム神殿には、南北に各4つ、東側に2つ、計10

門がありました。聖所そのものの入り口の真向かいに当たる東側の門が神殿のいわ

ば「正門」でした。東側の2つの門の一方は特に大きな物だったそうです。ローマ時

代の歴史家ヨセフォスは「これらの門の内、九つはドアも脇柱も鴨居も全面金銀で

覆われていたが、聖所の外にある一つの門は、コリントの真鍮製のもので、金銀で

おおわれていただけのものをはるかにしのいでいた」と記録しています。この正門

が「美しの門」だったと考えられています。この美しく輝く門の傍らに、毎日、「置

いてもらっていた」人がいた、と使徒の働きは綴ります・‥。




5月16日週報から

聖日礼拝「五旬節の日のメッセージ②」使徒の働き2章37-47節

聖書の御言葉

信者になった者たちはみないっしょにいて、……すべての民に好意を持たれた。

                          使徒の働き24447

All the believers were together and ……enjoying the favor of all the people.

                          ACTS 2.4447

■英語の Good にあたるギリシャ語が二つある。一つは、単に、何かが「良い」と言う

場合の「アガソス」。もう一つは「良い」ばかりでなく、「良く見える」と言う意味の「カ

ロス」。こちらの言葉は、その周囲にあるものを引き付ける魅力があるという意味を

持つ。真のキリスト教は好ましいはずのものである。善良な人でも、醜いかたくな

さを持っている人々が多い。あなた方は、こういう人の肩にすがって、心から泣い

たことは一度も無かったであろう。ストラザースがいつも言っていたように、キリ

スト者が、時々でも好意を持たれるようなことをすれば、教会での奉仕も何か違っ

たものになるであろう。初代の教会では、神の民に魅力が備わっていたのである。

                       (ウィリアム・バークレー)


5月9日週報から

聖日礼拝「五旬節の日のメッセージ①」使徒の働き2章14-36節

聖書の御言葉

神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です。

                        使徒の働き232

God has raised this Jesus to life, and we are all witnesses of the fact.

                     ACTS 2.32

■聖霊なる神様に導かれ、他国の言葉で福音を語った弟子達を見て、「ぶどう酒に酔

っている」と嘲った人々がいました(使徒2.13)。それが「他国の言葉を理解できない

人々」はユダヤ人の言葉だけを理解するユダヤ人だったと考えられます。・ユダヤ

人は朝、昼、晩、1日に三回祈りの時間を設けました。ペテロが言う「朝9時」は朝の祈

 りの時間でした。また、彼らは、神殿において朝の生贄が捧げられ、祈りの時間が終

 わる午前10時頃まで、食事をとらなかったと言います。その朝食もパンが中心であ

 り、肉や酒は夕食にとるものとされていました。朝の9時から酔う程、ぶどう酒を飲

 むと言うのはユダヤ人にとっては相当問題行動であり、それ程の人は五旬節にも参

加しなかったと言われています。■少なくとも、五旬節に都にいる人なら、朝の9

にぷどう酒は飲みません。では、弟子達には何が起こっていたのでしょうか。



5月2日週報から

聖日礼拝「聖霊があなた方の上に臨む時」使徒2.1-13

聖書の御言葉

すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことば

で話し出した。                使徒の働き24

All of them were filled with the Holy Spirit and began to speak in other tongues

as the Spirit enabled the.          ACTS .

■『他国のことぱ』を『異言』と訳す日本語訳が存在します。また新改訳聖書の中

にも『異言』と言う言葉が使われる個所もあります。『異言』と言う言葉が、そのま

までは人間には理解できない言葉、神様や御使いだけが分かる言葉、と言う意味に

読める個所も確かに在ります。しかし、その様な意味で『異言』と呼ばれるものは

 「やがて止むもの」とも言われます。■現代においても、ある団体では、キリスト

様を信じただけでは十分に救われておらず、異言を語り、理解するようになる必要

があると教えます。そのような団体では、集会においても、『異言-人の言葉ではな

く、人には理解できない神や御使いの言語』が語られる必要が説かれるそうです。

■しかし、聖書はそのような事を救いの条件として語っていません。また使徒2章に

おいては、語られたのは「他国のことぱ」であり、それを聞いた人々が、自分達の

国の言葉である事を認識し、その言葉で語られた福音を理解できた言葉でした。

■聖書が完成した今、異言は止みました。しかし、主の弟子が主の証人となるため

に必要な力を授けて下さる聖霊なる神様の御働きは、今も続いているのです。


週報2021年4月分

4月25日週報から

聖日礼拝「またおいでになる主」使徒1.9-15

聖書の御言葉

あなたがたを離れて天に上げらえたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなた

がたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。

                        使徒の働き111

This same Jesus, who has been taken from you into heaven, will come back in

the same way have seen him go into heaven.

                                       ACTS 1.11

■復活されたイエス様が天に御帰りになった場所について、ルカは「オリーブと言

う山」、「この山はエルサレムの近くにあって、安息日の道のりほどの距離であっ

た。」と記録します。・安息日を守り、これを聖なる日とせよ、と言う」日約聖書を守

る為に、ユダヤ人は安息日(土曜日)に一切の労働をしない規則を作り続けました。

そんな旧約聖書の戒めではないけれど、ユダヤ人が考え出した規則の中に、「安息日

に許される移動距離は2000キュピト」というものがありました。lキュピトは、指先

から肘までの長さ、約45cmでした。2000キュピトは約900mとなり、ユダヤ人はこれを

 「安息日の道のり」と呼びました。■現代でも、エルサレムの旧市街の周囲には、

城壁から「安息日の道のり」までの距離を示す目印となるワイヤーが張り巡らされ

ています。■しかし、安息日とは、900m以上歩いたら移動の労働をした、とか、入

れ歯よりも重い物を身に着けたら運搬の労働をした、と言って裁き合うための戒め

ではありません。大事な事は、礼拝の時間を他の用事、他め時間とは違う、神様の

為に捧げる特別な時間とする、と言う事なのです。        

                                                                               
4月18日週報から

聖日礼拝「主の証人として」使徒の働き1章1-14節」

聖書の御言葉

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。…

                       使徒の働き18

But you will receive power when the Holy Spirit comes on you

                       ACTS 1.8

■「証人」とは:①「これが事実であると分かる人」・・・法廷で曖昧な証言、偽りの

証言は許されません。実際に見聞きし、経験した事実を語る必要があります。キリ

ストの証人とは、イエス様の十字架と復活について、私の為に成し遂げられた事実

であると証言できる人です。

 ②殉教者…「証人」を意味するギリシャ語「マルトウス」は「殉教者」も意味し

ます。周囲の状況が変わっても、簡単に変わる事無く、自分の証言するものについ

て忠誠を貫くことが「証人」には期待されていたのでした。


4月11日 週報から

聖日礼拝「ガリラヤ湖でイエス様にお会いする」ヨハネ福音書21章1-14節

ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。

                        ヨハネの福晋哥2116

Simon son of John, do you truly love me

                        JOHN 21.16

■ヨハネ伝21章の舞台は「テベリヤの湖畔」。テペリヤ湖とはガリラヤ湖の別名でし

た。弟子達は過ぎ越しの祭り、種入れぬパンの祭りが行われていたエルサレムから、

自分の町に帰って来ていたのです。■ペテロ達は何故、「漁」に行ったのか?:イエ

ス様によって、「わたしもあなた方を遣わします」と言われ、福音宣教の務めがあっ

たにも関わらず、ペテロ達が再び漁に出たのはなぜか。ある研究者は、彼らが伝道

者を止めたつもりはなく、都から地元に戻り、次の伝道を始めるまでの隙間の時間

に、少しだけ漁をしたのだと考えました。別の研究者は、主から「あなた方を遣わ

す」と言われた後も従う決心が出来ず、昔の仕事に逆戻りしたのだと考えますo

■しかし、当時のユダヤ教において、聖書の教師は、「聖書を教えることをもって生

計を立ててはならない」とされ、彼らは生活の必要のためには別の仕事に従事して

いました。■ですから、ぺテロ達が漁をしたと言うのは、隙間の時間のレクリエー

ションで漁をしたのではなく、伝道から逃げ出したわけでもなく、遣わされた場所

で確かな生活を営みつつ、主の証人となろうとした事だったと言えます。そのよう

な日常の中に、復活されたイエス様は共にいて下さるのです。


4月4日 週報から

聖日礼拝「週の初めの日のこと」ヨハネ福音書20章19-23節

聖書の御言葉

平安があなたがたにあるように。

Peace be with you !            JOHN 20.19

■「週の初めの日の夕方」:復活されたイエス様は「弟子たちがいた所」を訪ねて下

さいました。第1コリント15.5では、「ケパに現れ、次に12人に現れた」とあります

 「12人」とは12弟子の事だと思いますが、厳密には既にイスカリオテのユダが欠け

ているので、11人の筈です。マルコ伝16. 14では「11弟子が食卓についているところ

に」と、とてもまじめに記しています。ルカ伝24. 33では、クレオパともう一人の弟

子が、「11使徒と仲間が集まって」話している場所に合流します。そこにイエス様が

現れ、焼いた魚を召し上がっています。しかし、ヨハネ伝では11弟子の一人だった

筈の「デドモと呼ばれるトマス」はそこにはいなかった事になっています。

■真相は、この「弟子たち」は、11使徒と呼ばれる人でも欠席者がいたし、仲間達

や、クレオパも加わっていた。既にイエス様にお会いして驚き、喜んでいる者もい

れば、ユダヤ大を恐れていた者もいる、と言う状態だったのではないでしょうか。

確かな事は「平安があなたがたにあるように」、「わたしもあなた方を遣わします」

と言う御言葉が、どんな状態であろうとも全ての弟子にイエス様が語られた御言葉

だという事です。




週報2021年3月分

3月28日週報と礼拝メッセージ原稿から

聖日礼拝「十字架を背負う主の御言葉②」ヨハネの福音書19章28-30節

聖書の御言葉

わたしは渇く・・・・・完了した。   ヨハネの福音書19章28-30節

I am thirsty ・・・・・ It is finished .  JOHN 19.28-30

来週の日曜日はイースター。

来聖日は十字架の死から復活されたイエス様について、聖書の御言葉を開きたい

と思いますが、その前に、今日は、もう一度、十字架の上で主イエス様がお語り

になった御言葉について、聖書をお読みしましょう。

目次

「わたしは渇く」

「完了した」

結び 

3月21日週報と礼拝メッセージ原稿から

聖日礼拝「十字架を背負う主の御言葉」ルカ福音書23章26-38節

聖書の御言葉

父よ。彼らをお許し下さい。彼らは、何をしているのか自分で分からないのです。

                        ルカの福音書23章34節

Father, forgive them, for they do not know what they are doing.

                                                       LUKE 23.34

ローマ総督ピラトの裁判の後、イエス様は十字架に架けられる為に、ユダヤ人に

引き渡されました。総督ピラトの裁判が行われた「アントニオ要塞」から、十字架

刑が行われたゴルゴダの丘まで500m程だったと言われますが、その道は「悲

しみの道」と呼ばれてきました。十字架を負って歩み、十字架に架けられる

イエス様の御言葉から、神様から教えて頂きたいと願っています。」

目次

悲しみの道で

執り成しの祈り


3月14日週報から

聖日礼拝 「さあ。この人です。」ヨハネ福音書19章1-16節

聖書の御言葉

さあ、この人です。 ヨハネの福音書195

Here is the man!            JOHN 19 .5

■ヨハネ福音書において、ローマ帝国地方総督ピラトによる法廷は、総督官邸の外

にいるユダヤ人と、官邸の中にいるイエス様の間を、総督ピラトが行き来して進め

られたように描かれます。ピラトは、最終的に、ユダヤ人に押し切られてイエス様

を十字架に架けてしまいます。釈放する権威も、十字架に架ける権威もある、と言

いつつ、釈放する権威を働かせられなかったピラトの姿は、この世の物と神様の間

を行き来しているうちに、この世の物に押し切られてしまう私達の現実でもありま

す。さあ、この人だ、と指し示される御方を「私の主」と信じるか、「カイザル以外

に王はいない」と叫ぶのか、が分かれ道です。




3月7日週報から

聖日礼拝「アンナスの館での裁き」ヨハネ福音書18章12-27節

聖書の御言葉

なぜ、あなた万はわたしに尋ねるのですか。わたしが人々に何を話したかは、わたし

から聞いた人たちに尋ねなさい。           ヨハネの福音書1821

hy question e? Ask those who heard me. Surely they know what l said

                        JOHN 18 .21

■ユダヤ教の議会による裁判には幾つかの約束/規則がありました。①例祭の期間

中は開廷しない。②夜間に裁判を行わない。③死刑判決が想定される場合、一人だけ

の証言をもとに判決を下してはいけない。④被告には弁護人をつけなければならな

い。⑤死刑判決が下された場合、判決から執行までに、最短でも1日の時間を空けな

ければならない。⑥判決の可否は議会の議員の投票によって決める。等々です。

イエス様に対する裁判は、これらの規則に全てに違反していました。1821節のお

言葉は、不正な裁判に対して、信頼できる証人を求める訴えでもあったのです。




週報2021年2月分

2月28日週報から

聖日礼拝「ゲッセマネの園の出来事」ヨハネ福音書18章1-11節

聖書の御言葉

「誰を捜すのか。」

Who is it you want ?                JOHN 18 .4

■三方を谷に囲まれ、狭い山の頂を切り開いて、建設されたエルサレムの町では、

住居に「庭」をつける事が出来ませんでした。経済的に余裕のある住民は、城壁の

外、谷の反対側の斜面にそれぞれの地所をもち、庭を造っていました。■ヨハネ伝で

は「ゲッセマネの園」という名称は登場せず、ただ「園」となっています。1節では、

イエス様は弟子たちと「そこに入られた」4節では、「出て来て」兵士達に「誰を搜

すのか」と言われている事から、「園」には囲みなり、生垣などがあったと考えられ

ています。ゲッセマネの園は、山の斜面に広がるオリーブ畑の一部ではなく、誰か

の地所・庭として整備されていた場所だった考えられています。




2月21日週報およびメッセージ原稿から

聖日礼拝「勇敢でありなさい」ヨハネ福音書16章33節

聖書の御言葉

あなたがたは、世にあっては艱難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたし

はすでに世に勝ったのです。           ヨハネ福音書16章33節

In this world you will have trouble. But take heart ! I have overcome the world.

                                                                   John 16.33

イエス・キリスト様の最後の晩餐におけるみ教え。最後の部分です。

目次

「世に在っては艱難がある」

しかし、勇敢でありなさい

結び:わたしはすでに世に勝ったのです


2月14日週報から

聖日礼拝 「ぶどうの木②」ヨハネ福音書15章7-17節」

聖書の御言葉                             

わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行

って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり…

                       ヨハネの福音書1516

chose you and appointed you to go and bear fruit fruit that will last

                        JOHN 15.16

■「あなたがた」とは、イエス様が命を彼らの為に命を捨てて下さった イエス様

の「」である全ての人のことです。イエス様を信じる全ての人には、「行って実を

結ぶ」と言う主の御用に任命されています。■「行って実を結ぶ」:「行く」には①

どこかに出かける ②今まで一緒だった者の元から去る と言う意味があります。

私達は、いままで一緒だった罪深い生き方の元から去り、イエス様によって遣わさ

れる場所で、イエス様に繋がれ、イエス様の御言葉に従って歩む者なのです。


2月7日週報から

聖日礼拝 「ぶどうの木」 ヨハネ福音書15章1-17節

聖書の御言葉

私はぶどうの木であなたがたは枝です。ヨハネの福音書155

am the vine; you are the branches.        JOHN 15 .5

■古い日本語訳では「ぶどう園」と訳されていたものもあるそうです。■新約聖書の

時代のユダヤ人は、自分達が神様に選ばれた民であるという事を、自分達を神様の

扱いを受けて、育てられるぶどうの木、と例えていました。冒頭でお読みする詩篇

80篇などはその根拠とされていたそうです。■しかし、旧約聖書において、イスラ

エル人がぶどうに例えられる場合の多くは、良い実を期待して植え替えたはずなの

に、酸っぱい実を結んでしまったぶどうの木、として描かれます。選ばれた民であ

る事に自惚れるよりも、神様の前に悔い改める必要があったのです。■イエス様は、

ご自分をぶどうの木に例え、弟子達が枝として、まことのぶどうの木である主に結

びつくならば、農夫である父なる神様の御取り扱いを受け、喜ばしい実を結ぶと教

えて下さるのです。 



                           

週報2021年1月分

1月31日 週報から

聖日礼拝 「住まいを備えるイエス様」 ヨハネ福音書14章1-11節

聖書の御言葉 

 あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、また私を信じなさい。

                       ヨハネの福音書141

Do not let your hearts be troubled. Trust in God; trust also in me.
                        JOHN 14.1

■イエス様は最後の晩餐の御教えの中で、父なる神様の家には多くの住まいがあ

り、イエス様は弟子達の為に場所を備えに行き、やがて弟子を迎えに来ると言われ

ます。■ヨハネが福音書を書いた1世紀末。主の十字架、復活、召天から既に数十年

が経ち、12弟子の中で生き残っているのはヨハネだけになっていました。場所を備

えたら、また来て、あなた方を迎えると言われていたけれど、まだ。主は「また来

て」下さっていないのです。福音書の読者達は、御約束が果たされない内に使徒た

ちが召されていくのをどのような思いで見ていたでしょうか。ヨハネがそれでも、

この御約束を福音書にとどめる事によって、次の世代の兄姉に伝えたかった事は何

だったのでしょう?                             

1月24日 週報から

聖日礼拝 「弟子の足を洗うイエス様」ヨハネ福音書13章1-11節

聖書の御言葉

イエスは・・・夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわ

れた。それから、たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとっておられ

る手ぬぐいで、ふき始められた。            ヨハネの福音書13章3-5節

Jesusso he gotp from the meal, took off his outer clothing, and wrapped

towel around his waist. After that, he poured water into basin and began to

wash his disciples' feet, drying them with the towel that was wrapped around

him.                          JOHN 13.3-5

■足を洗う:新約聖書に描かれている時代の人々の靴は、多くの場合、サンダルの

様な履物を革紐で固定して物でしたので、屋内に入る時は常に足を洗う必要があり

ました。■イエス様が弟子の足を洗って下さったのは、その様なタイミングではあ

りません。既に、一度足を洗い、食事が始まっている時に、食事を中断して、弟子

達の足を洗い始めたのでした。普段はしない事を敢えてする事によって、主が教え

て下さろうとした事は何だったのでしょうか?


1月17日 週報から

聖日礼拝 「ナルドの香油」マルコ福音書14章1-11節

聖書の御言葉

この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、

前もって油を塗ってくれたのです。         マルコの福音書148

She did what she could. She poured perfume Oil my body beforehand to prepare

for my burial.                    MARK 14.8                                    

1300デナリの値打ちがあったナルドの香油を一度に使い切ってしまう事は、弟子

達には無駄使いに見えました。貧しい人々に施しが出来たのに、と言うのがその言

い分です。■しかし、イエス様は147節のように仰いました。この香油を換金して、

施しが出来たとしても、「貧しい人達はいつもあなた方と一緒にいる」。その問題は

1度では解決できないし、継続して取り組まなければならない課題。それと同時に、

いや、むしろ機会が限られていると言う意味で、今しなければならない大切な事は、

間もなく贖いの死を遂げようとしているイエス様を思う事であり、主の為に、今、

大切な物を捧げたマリヤの業を主は喜ばれたのでした。■私達の愛の業とその実践

は、全て、主が私達の為に実践して下さった愛の業を覚えて、主の御足跡を歩む者、

である必要があるのです。


1月10日 週報から

聖日礼拝「世の終わりの教え」マルコ福音書13章1-13節

イエスは彼らに言われた。「この大きな建物を見ているのですか。石がくずされず

に、積まれたまま残ることは決してありません。」  マルコの福音書132

 “Do you see all these great buildings ? ”replied Jesus. “ Not one stone

here will be left on another; every one will be thrown down . ”

                          MARK 13.2

■ユダヤ人の歴史家ヨセフォスは「ユダヤ戦記」と言う書物の中で、オリーブ山か

ら見えるエルサレムの様子をこう書いています。「神殿前部の外部には、人の心や目

を驚かしそうな物は何一つ不足していなかった。それは全面、大変な重さの金箔で

覆われていたので、日の出時には、実にまばゆいきらめきを反射し、太陽光線そのも

のを見つめる時のように、見物人の目を背けさせた。しかし、この神殿は金箔の無い

所は極めて白かったので、遠くからは美しい雪山のようでもあった。その石の中の

一つは、長さ45キュピト、高さ5キュピト、幅6キュピトの物もあった」。■イエス様

は神殿の崩壊と言う事から、世の終わりに前兆にづいてお語りになりました。

1月3日 週報から

聖日礼拝「神の家をきよめるイエス様」マタイの福音書21章12-27節 

それから、イエスは宮に入って、宮の中で売り買いする者たちをみな追い出し、両

替人の台や、鳰を売る者たちの腰掛けを倒された。  マタイの福音書2112

Jesus entered the temple area and drove out all ho were buying and selling

there. He overturned the table of the money changers and the benches of

those selling doves.                  MATTHEW 21.12

■エルサレムの神殿にいた両替人や鳩を売る者達は、神殿の一番外側の庭「異邦人

の庭」にいたと考えられています。■両替人とは何者だったのか。ユダヤ人は神殿

に人頭税を納める必要がありましたが、約束の地から離れたローマ帝国の各地から

エルサレムにやって来るユダヤ人は、ローマの通貨をユダヤ人の通貨に両替しなけ

ればなりませんでした。過ぎ越しの祭り等、神殿に集まる人が激増する時期には、

神殿を運営する祭司達が両替大を配置し、高額な手数料を取っていたと言われま

す。神様と人をとりなす祭司達が、礼拝の機会をひたすらお金儲けに利用していた

状況を、主は御嘆きになり、宮をきよめたのです。




2020年

12月分

12月27日 週報から

聖日礼拝「ナザレ人と呼ばれるイエス様」マタイ福音書2章13-23節

聖書の御言葉

 ・・・「この方はナザレ人と呼ばれる」。 マタイの福音書223

 ・・・“ He will be called a Nazarene.” MATTHEW 2.23

 ■「この方はナザレ人と呼ばれる」:この通り文章は旧約聖書の中にはないそうです

 が、いつの頃からか、この言葉はユダヤ人の間では、来るべき救い主を指し示す言

 葉として使われていたそうです。■しかし、イエス様が誕生した頃、および新約聖

 書に描かれている時代において、ナザレ、ガリラヤ地方は、エルサレム周辺のユダ

 ヤ大からは見下され、ガリラヤの人々も、「ナザレから何の良いものが出るだろう」

 と自嘲気味に呟いていました。「この方はナザレ人と呼ばれる」とは約束された救い

 主であると言う事と同時に、この方はイスラエルの民によって侮られ、棄てられる

 御方である事を指し示す言葉でもあったのです。■馬小屋で生まれ、王に命を狙わ

 れ、民から顧みられることもなく、エジプトに下り、ナザレ人と呼ばれたイエス様。

 試みを受けられた救い主は、試みられている事を救う事がお出来成るのです。


12月20日 週報から

聖日礼拝「東方の博士達の礼拝」マタイ福音書2章1-12節

聖書の御言果

・・・その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。そして、その家に入って、母マリヤ

とともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。
                        マタイの福音書210-11

When they saw the star, they were overjoyed. On coming to the house, they

saw the child with his mother Mary, and they bowed down and worshiped him.

                        MATTHEW 2.10-11

■東方の博士達の礼拝:ルカ福音書2章の羊飼いのエピソードと共に、毎年12月に、

どこかの集会で必ず開かれる御言葉かもしれません。■「東方」とは、現在のイラ

ン、イラク。昔のバビロニア、ペルシャに相当する地域です。古代イスラエル王国

が滅亡した際、それらの地域にユダヤ人が捕囚されていった事と、ローマ帝国時代

になってからその支配領域の各地にユダヤ教の会堂が建設されていたことから、ユ

ダヤ人が待ち望んだメシアについての教え、旧約聖書の御言葉は、私達が思ってい

る以上に多くの人々に知られていたようです。■マタイ2章には、異邦人でありなが

ら東方から礼拝に来た博士達と近くにいながらイエス様を知ろうとしなかったユ

ダヤ人が描かれています。この上もない喜びは、幼子イエス様を礼拝する人の上に

あります。



12月13日 週報から

聖日礼拝「キリストと呼ばれるイエス」マタイ福音書1章 1-17節

聖書の御言葉

ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤか

らお生まれになった。               マタイの福音書116

and Jacob the father of Joseph, the husband of Mary of whom was born Jesus

, who is called Christ.            MATTHEW 1.16

■マタイ福音書はイエス様の系図から始まります。先祖代々のお墓を重んじる日本

人でも詳細な家系図が保存されている事は稀かもしれませが、ユダヤ人は家系図を

重んじました。■12節にある「バビロン移住」は、実際は、戦争に負け、強制的に

移住をさせられた「捕囚」でした。神殿を失い、先祖代々の土地を奪われ、祭司の

組織も崩壊したユダヤ人にとって、自分達が神様の民であると信じる拠り所は、「律

法を学ぶ事」と「信仰の父アブラハムの子孫である事を証明する事」でした。その

為、彼らは家族単位で家系図を作るようになりました。■どこの家庭にも存在した

家系図。それは、信じる人にとっても、信じない人にとっても、イエス様は実在し

た人物であったことを雄弁に語る客観的な証拠となったのでした。



12月06日 週報から

「聖日礼拝「ベツレヘム」ミカ書5章2-4節 

聖嗇の御言葉

ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが…

                            ミカ書52

But you, Bethlehem Ephrathah, though you are small among the clan of Judah,

                            MICAH .2

■イスラエルには、ゼブルン部族の土地にもベツレヘムと言う町がありました。ベ

ツレヘム・エフラテ、と言う言い方は、ユダの地にあるベツレヘムと他のベツレヘ

ムと区別するための表現でした。■「ベツレヘム」とは「パンの家」を意味する町

名でした。また、ベツレヘムには、ダビデ王が「誰かベツレヘムの門にある井戸の

水を飲ませてくれたらなあ」(2サムエル23.15)と、その水を所望した井戸がありました。

■神様はこの町を、「天から下って来た生けるパン」(ヨハネ6.51)、であり、「わた

しが与える水を飲む者は、誰でも決して渇くことがありません。」と約束して下さる

救い主が遣わされる町として選ばれたのでした。



11月分

11月29日 週報から

聖日礼拝「ロバの子に乗るイエス様」マタイ福音書21章1-11節

聖書の御言葉

『主がお入用なのです。』              マタイの福音書213

the Lord needs them.                MATTHEW 21.3

■エルサレムを目指して進んできたイエス様一行は、「オリーブ山のふもとのベテ

パゲまで来た。」とあります。この「ベテパゲ」という場所は、現在のイスラエルに

おいて、どの町なのか特定されていません。また、オリーブ山周辺に、これと考え

られる遺跡も存在していません。過ぎ越しの祭りや仮庵の祭りの際には、イスラエ

ルの各地から礼拝に集まる人々が、持参したテントを張って、城壁の外側で数日を

過ごしたと言われます。べテパゲは、その様に、大きな祭りの時だけ、一時的に形

成されるキャンプ地の一つだったと考えられています。■ここからイエス様は、「向

こうの村」に、2人の弟子を遣わし、入場の際に用いる子ロバを準備されるのでした。


11月22日 週報から

聖日礼拝「エリコの町で ② ザアカイ」 ルカ福音書 19章1-10節

聖書の御言葉

「ザアカイ急いで降りて来なさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあ

るから。」                       ルカの福音書195

Zacchaeus, come down immediately. l must stay at your house today.
                           LUKE 19.5

■エルサレムの北東約30kmに位置するエリコの町は、ナツメヤシと樹脂(バルサム)

の産地でもあり、それらの品々はローマ本国にも輸出されていました。ヨルダン川

の東西交通においても、重要な位置を占めていた為、ローマ帝国はこの町の物流と

人の移動に税金を課すために収税所を設置しました。■エリコにおいて、収税所の

長、取税人のかしらがイエス様に導かれます。その名をザアカイ(きよき人 義なる

)と言いました。                             


11月15日 週報から

聖日礼拝「エリコの町で ① 目の見えない人」 マタイ20章29-34節

聖書の御言葉