数年前、この城跡を発見された持永さんより話は聞いてましたが、今回(平成18年12月24日)現地説明会がありましたので行って来ました。小学校の真裏に独立した山があり、これが贄川城です。
標高391.4mの山に、3つの主要の曲輪があり、その片面を腰曲輪が囲んでいました。現地説明会では掘り切りが2つあると言われてましたが、そちらは崩れやすい土壌の為埋まってしまってるのか、良く判別出来ませんでした。ただ、自分の見た目で城と実感出来たのは、最初の曲輪の片面を覆う様にある腰曲輪と、3つに分かれた主要の曲輪です。それから城跡の麓には、屋号が「じょうこし」と言われる逸見さんと言う苗字の方がいたり、旧道が城跡の真横を通っていたりします。それをみると、寄居町の峠を押さえる金尾城を思い出してしまいます。
城跡からは熊倉城も良く見え、やはり長尾景春や北条氏関係の城ではなかったかなと思われます。今後、発掘調査や測量も行われるみたいですので、今後に期待したいと思います。
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