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Nektons Waterworld News #35

1998/09/01


水泳情報交換団体 Nektons (ネクトンズ)

不定期発行,価格自由評価,著作権は各執筆者にあります,改変しなければ全文のコピーの再配布は可,情報の収集交換には時間と手間と費用がかかりますのであなたの情報をお待ちしています,情報交換の仲間になっていただければ幸いです.

傷害・事故・トラブルについて

大会等への参加は自分の意思で決め、自分の責任のもとで参加してください。ここでご紹介した大会で生じた傷害・事故、あるいはここでご紹介した関係業者とのトラブルは、あらかじめそのための費用を自己負担できるような準備あるいはあらかじめ傷害保険・生命保険を付保しておくなどの準備をして、各自で解決して下さい。健康管理および医師の健康診断は各自で行って下さい。なお、藤原充は傷害保険・航空傷害保険あるいは旅行中の所持品の保険等、損害保険の取り扱いもしています。

ニュース09-02 続 (日本マスターズ水泳協会より)
日本マスターズ水泳長距離大会
1996年10月19日(土)20日(日)
1997年11月22日(土)23日(日)
1998年11月7日(土)8日(日)
会場 町田市立室内プール公認50m×8コース(東京都町田市図師町199-1)
主催 日本マスターズ水泳協会
参加資格
  1. 日本マスターズ水泳協会へ,1998年9月21日までに98年度のチームおよび個人登録を終了した者.
  2. 満18歳以上の健康な男女で,定期的に競泳の練習をしている者.(日本マスターズ水泳協会競技会規則第2条に該当すること)
  3. 競技に出場する者は,計時員の同伴ができる者.(同伴した計時員は他の泳者の計時をお願いします.計時員の同伴ができない方は,本人が他の泳者の計時を行うものとします.)
競技種目
11月7日(土) 種目1 男子1500m自由形
11月8日(日) 種目2 女子800m自由形 種目3 男子400m個人メドレー 種目4 女子400m個人メドレー

問い合せ 日本マスターズ水泳協会(112-0002東京都文京区小石川1-16-1玉屋ビル3F TEL03-3811-5211 FAX03-3811-5240)

ニュース00-09 続
三浦遠泳大会の日時の本紙の誤報について
昨年1997年9月17日に受け取った記録集をもとにして本紙#27号(1997年9月26日発行)およびインターネット上において,第15回三浦遠泳大会の日時を「1998年8月16日(日) 延期の場合23日」とお伝えしてきましたが,1998年5月26日に受け取った今年の実施要綱では「1998年8月23日(日)」と書いてありました.申し訳ありません.

ニュース01-05 続
福岡国際オープンウォータースイミング競技大会
1998年7月25,26日
NKK水泳部のWebサイト "NKK Challenge Swimmers" によれば福岡国際オープンウォーター競技大会において日本の第一人者 NKK 杉沢毅志選手が25kmを完泳し,6時間38分で2位に入賞.

ニュース01-05 続 (大阪府 上田さんより)
福岡国際オープンウォータースイミング競技大会
1999年8月7,8日

ニュース35-00
1998年7月25日(土)夕刊読売新聞15面「47歳パワー ドーバーに挑む」今夏挑戦予定の記事
1998年8月5日(水)夕刊読売新聞「ドーバー横断を断念」

ニュース35-01
1998年8月24日(月)朝日新聞 23日の角乗り体験教室の様子,写真

ニュース35-02 (大阪府 上田さんより)
1998年8月15日(土)NHK教育テレビ,16:35〜17:05スポーツ番組で「オープンウォーター」.

ニュース32-01 続 (京都府 丸橋さんより)
京都新聞1998年7月15日,25日
九州-釜山間の海峡横断に挑戦
遠泳で日韓友好深めたい
海峡と島を泳いで走ってスタート,ゴール.[Nektons注:ただし,ウェットスーツ,フィン,スノーケル着用による挑戦のようです.]

ニュース26-01 続報
1998年5月22日20:00-20:54 日本テレビ(関東にて)「ウリナリ!! ドーバー海峡横断部」を放映.藤崎は浮輪につかまり海に入った.浮輪を放し100mを泳いだ.
これからはあの流水水槽に氷を入れて練習.そして5時間の乗船体験を実施.やがてあたりは真っ暗に.「この暗闇の海を泳ぐ人も必ず出てくる.」

ニュース26-01 続報
1998年6月19日20:00-20:54 日本テレビ(関東にて)「ウリナリ!! ドーバー海峡横断部死ぬぅ暴風荒波特訓」を放映.
先月から3kg太れたかどうか.有野3.8kgアップ.濱口3.9kg.勝俣3kg.ウド1.5kg.藤崎1.8kg.内村4.5kg.水温摂氏17度のあの流水水槽で濱口が1時間泳を達成.「何回か意識がなくなりそうになった!」
そして有野も成功.内村も1時間泳.
また江ノ島へやってきた.今度は500m.波が高い! 荒れ狂う冬の海の中500mに挑み,そして達成感は無かった.怖かった.ショックだ.波があると今までの泳ぎが通じない.スタッフも入れない部員だけの会議へ・・・.

新島オープンウォーターに参加

1998年7月 岩手県 田淵さんより電子メールで投稿
埼玉出身,現在岩手在住の28歳の男です.突然メールしましたがこのページ(ホームページ)を見つけ,大変嬉しく思っております.
中学時代に水泳部に所属し,それ以来なんとなーく泳ぎつづけていました.その時の同級生と「なにか俺達でも参加できるような大会はないかなー」と考えてみつけたのがオープンウォータースイミングでした.トライアスロンではなく,泳ぐだけの大会を探しました.見つけたのが東京アイランドシリーズ「新島オープンウォーター」でした.今から2年前です.
早速エントリーし,友人と2人でいってきました.初めて泳ぐ海,というのは新鮮でした.
昨年は体調不良で参加できず,(友人は1,5キロで6位)残念でしたが,今年は張り切っていってまいりました.2年前は台風が接近しており波のアップダウンに船酔い?気味でしたが今年はパンフレットのとおりの青い空,青い海でした.ゆったりと時間のながれる雰囲気です.
レース前はさすがに緊張しました.何しろ全くと言って良いほど練習していませんでしたし,真っ黒に日焼けした逆3角形の選手達にたじたじでした.私は1,5キロの部(3キロ,5キロとある.)に出場し,26分かかりました.レース後は地元のおばちゃんがたたき汁をごちそうしてくれます.
「つかれたろう?もっと食べて!」とってもアットホームな雰囲気です.全部で60人ぐらいの参加だったと思います.
最高に楽しかったです.レースそのものも楽しいのですが,本大会のオフィシャルツアーというのもまた良いのです.
前日の23:30に東京湾の夜景を見ながら出港.寝ているうちに新島に着きます.
そして港で待っていると民宿の方が迎えに来てくれます.宿で少し休み,お昼には会場へ.歩いてすぐです.
レース後は露天風呂へ.海が一望できるすばらしいものです.が,混んでいます.夜はひたすらビール.
翌日は9時半頃までに港へ行き,レース結果のプリントをもらいます.がっかりする.そして乗船.7時間近くかけて東京へ.デッキでビール.痛いほど日に焼けました.今年は次の日がたまたま海の日でゆっくりすることができました.
この,オープンウォーターというものを私は趣味にしていきたいのですが, まだ世間一般に浸透してませんよね?新島に行った時も,記念に「オープンウォーター」と書かれたグッズはすべて買って帰ろうとおもったのに,ひとつもありませんでした.あるのは同じ東京アイランドシリーズの「トライアスロン」の文字のはいったものばかり.がっかりでした.(私は何事も形から入りたいタイプなのでグッズはすごく欲しくなる)
しかし,他の選手の中に,「ATAMI」と「オープンウォーター」と書かれたTシャツを着た人がいるじゃありませんか.それが私の物欲を強く刺激し,大会名を知るべくして,このページにたどり着くことが出来ました.ブックマークしました.これからも頑張ってください.Copyright(C)1998, TABUCHI Ken.

ニュース01-01 続報 (埼玉県 森さんより)
第72回野尻湖一周遠泳大会
信濃毎日新聞に記事.1998年8月3日9歳から66歳まで140人が参加,130人が完泳.8月4日に記録の記事.森さんはこれで8回完泳.

野尻湖一周遠泳大会に参加 (千葉県 大場さんより)
第72回野尻湖一周遠泳大会に行って来ました.薄曇の天候で初参加の私に取っては水は少々冷たかったのですが,過去16回ほど出ている方によると,今年は暖かかったということです.
感想としては,館山のレースと違って伝統を重んずる雰囲気がただよっており,運営も地味でした.それだけに黙々と泳ぐといった感じです.
もともとこの地方の天候はからっと晴れることはあまりないということですが,快晴ならば景色をみながらのすがすがしい遠泳になったと思います.
ほとんどの人が完泳しました.
信濃毎日新聞のページに記事が載っています.
http://www.shinmai.co.jp/news/1998/08/03/002.htm
藤原さんは館山だけでなく,熱海も参加されたみたいですね.私も来年また館山,野尻湖に参加したいと思ってます.
Copyright(C)1998, OHBA M.

アルカトラズ脱獄スイム 旅行記 1998年

藤原充

4時間後には刑務所から脱獄を決行するのだ.だが寒い.本当に泳ぎ続けられるのか.

水着,Tシャツ,トレーナー,ジーンズなど重ね着をしてウェットスーツ,ゴーグルを持ってユニオンスクエアのホテルから海洋博物館へ.早めに着いたのでバッチリ駐車.

パンやリンゴを食べながら日の出を待つ.

明るくなり,だんだん人が集まってくる.チェックインをすると両手の甲に黒マジックでナンバリング.この大会はウェットスーツの着用を推奨しているのでナンバリングは当然手の甲になる.

この大会のためにトライオールスリージャパンに注文したウェットスーツが「オルカ」だ.よく出来ていてバタフライもできる.シャチのようなデザインも良い.できれば水着だけで泳ぎたいが低体温症になっては恐いので仕方無い.

開会のセレモニー.テレビカメラが一台撮影をしている.

ゴールデンゲートスイムという金門橋下横断泳レースを今年は前日にやったので両方出場する人もいるようだ.二日連続とはすごい.私達は旅の計画段階からそれは予定に入れず,昨日は遊んでいた.

みんなで合衆国国歌を斉唱.夜通しの戦闘のさなかも要塞にはためき続けた星条旗を称えた,1814年のアメリカとイギリスの戦争の際に作られたこの「The Star-Spangled Banner」.まわりじゅうの大きな体に一層力がみなぎったように見えた.

さあ,フィッシャーマンズワーフのフェリー乗り場まで行進だ.行進だ.行進だ.

左を見ると・・・なんとアルカトラズは白い霧の中に隠れていた.スタート地点が見えない.おもしろいレースになりそうだ.

フェリーの中で最終準備をはじめる.羽織っていたものを脱ぎ,ウェットスーツを完全に着用し,背中のファスナーをゆっくり閉める.体にキュウッとフィットする.あとはラテックス製スイムキャップとゴーグルを着けるだけ.

フェリーは案外早く停泊した.大会要項には「アルカトラズに着いたら両舷のドアから素早く順に上陸して先導するカヤックの後ろにつけ」とあったが,なんとフェリーは桟橋に着いたのではなかった.みんな両舷から海に飛び降りている.え,飛び降りるの?

それではと,スイムキャップを船上で1枚2枚と被って,ゴーグルを装着して,私はオルカになった.

えいっと飛び降りた.素早く前方へよける.みんな前方へ泳いでゆく.スタートラインははるか前方か.すぐ右にアルカトラズらしき島がある.

おかしいな.みんなどんどん前へ泳いで行く.ひょっとしてもうレースはスタートしたってこと?

どうやらそういうことらしい.

大会要項には「フェリーの汽笛の音が,レースのスタートの合図です」とあるのにこんなスタートなのか.まあ,いいか.行こう.超高層ビル群がはるか前方の霧の中に頭だけ出している.ピラミッドのようにとがったビルが見える.あれはもちろん「トランスアメリカ・ピラミッド」というこの街の金融街にある有名なビルだ.保険会社などが入っているらしい.対岸の地表辺りは一切見えない.あのビルを左前方に置き,ゴールデンゲートブリッジの頭部を右に見て,前方の護衛カヤック群の中を泳いで行けば当分問題ないのだろう.ガイドブックや地図を事前に読み,街のあちこちをざっと見ておいたので良かった.さあ,泳げ泳げ.

アルカトラズ島は合衆国陸軍の砦,軍刑務所などを経て,1933年から連邦刑務所となり,1963年に刑務所は閉鎖された.「アルカトラズからの脱出」「ザ・ロック」などの映画にもなっている.

カリフォルニアといえば,カラッとした暑さの素敵な所といわれるが,サンフランシスコだけは夏でも涼しい所だそうだ.起伏の激しい大地からの暖かい上昇気流と,寒流であるカリフォルニア海流による冷たい空気がぶつかって朝夕に霧が発生するのだそうだ.

街ではTシャツ短パンで歩く人,セパレートの薄いジョギングウエアで走るたくさんの人,長袖シャツとスラックスの人,トレーナー,ジャンパーを着た人などさまざまだ.

前日に長袖シャツのままこの街を出て,車で北東に何時間か走ったブドウ畑の広がるナパ・バレーに行った時には暑くて困った.朝のサンフランシスコと昼の周辺の町では大変な気温差なのだった.

ナパは私にとって今回の旅のもう一つの大事な目的地だ.私の大好きな映画・小説「タッカー」に出てくる三灯式で流線形の美しい車タッカーを見に行ったのだ.フランシス・コッポラ監督,惜しげもなく大切な車を展示してくれてありがとう.

霧の上に頭を出しているビルや橋などの風景でなんとなく方向がわかる.これで合ってる.水温は・・・ウエットスーツから露出している顔と手と足のうち,顔と足が冷たいが想像していたほど冷たくはない.しっかり運動し続ければ心配ないだろう.

水は油臭くはない.最後まで魚は一尾も見なかったし,海底も見えなかったが泳ぐのがためらわれる水質ではないと思う.また,なぜかあまり塩辛くないと思った.薄味.

カヤックが真横に来てなにか叫んでいる.泳ぎをやめて話をきくことにする.もっと左を目指せとのこと.わかった.

時々冷水域に入って体がヒヤッとする.ガンバレ.

潮流を感じる.ベイブリッジの方向への潮流.またある時はゴールデンゲートブリッジ方向への流れ.そして冷水域.呼吸に合わせて何度か波をかぶったがそれほど気にならない.

大きくヘッドアップしてみる.ああ!! 対岸が見えてきた.目印はどこ? うん,あれが海洋博物館だ.まだまだ遠いけどがんばれ.

レース記述書に「アクアティックパークの入口をまっすぐに向かう誰もがゴールデンゲートブリッジの方へ流されるでしょう」とある事をここで思い出さなければならない.右へ流される.右へ流される.

頭を上げてよく見ろ.いよいよアクアティックパークの入り口だ.うまくあの防波堤の狭い隙間を通過しろ.泳げ泳げ.

おかしい.前進していない.右でブレスしてみる.こりゃいかん.右の防波堤が異常に接近している.私の角度が間違っているんだ.修正.泳げ泳げ.

ようやく事態は好転し始めた.私は全力を出していた.そんな努力に対して私の位置はゆっくりとゆっくりと入り江に進入を始めていた.

う〜〜ん.としか書けないような時間が流れて私は入り江の中にいた.疲れた.腕が重い.腕を回せない.運動強度は無酸素の領域に入っていた.乳酸がたまってしまった.もうゴールは見えるのに.

止まるな.腕を動かせ.やがて筋繊維が動くようになりラストスパート.全力を出せ.ここで立ち上がれ.右手を高く上げろ.それに応えて歓声と拍手が涌く.ノリが良い.ありがとう.

こうして私はまたひとつ自分にとって未知のコースを泳いで泳いで完泳することができた.スタート前の緊張感とこの達成感を,この感動を今回も伝えたい.新しい挑戦が終わった.

記録はどのくらいだったのだろう.時計はどこどこ.歩き回って時計を捜す.その時点で57分くらいを刻んでいるようだ.上出来だ.

残念ながらウェットスーツを着ての1時間は気持の良い水泳のひとときではなかった.「オルカ」はよくできたウェットスーツだと思う.長袖でバタフライができる.でもできればこれは着ないで泳ぎたい.あ,首筋が痛い.後日よく見るとひどいひどい擦り傷になっていた.これはウェットスーツだけのせいではなく,二枚重ねのスイムキャップの縁もクセモノだったのだと思う.

ゴールしてみるととても気温は上がっていた.水着1枚でいられた.おそらく今年はとても良いコンディションなのではないだろうか.

何年か前に参加した上野さんがおっしゃっていたようにロケーションは最高だ.とてもエキサイティング.右にゴールデンゲートブリッジ,左にベイブリッジ,正面にはサンフランシスコの丘の町,さらに脱獄不可能と言われた連邦刑務所からの脱獄スイムなのだ.

挑戦し甲斐のあるレースである.

旅から帰って古老に矯正不可能な囚人が収容されていたという監獄の話をしたところ,「アルカトラズとはおもしろき名かな.刑を終えても迎える者はあるか? (引き)取らずとは」とあやしんだ.その夜牢から消えた三人が現れたのでこの旅の話を聞かせ短冊の歌を詠むと安堵して波間に消えて行き,夢から覚めた.

Copyright(C)1998, FUJIWARA Mitsuru.

ニュース01-16 改
情報と旅行記募集
あなたの知っているイベント情報・大会旅行記など投稿あるいはご意見・ご希望・ご提案を募集します.
なぜ旅行記を書くのでしょうか.汗を流して練習をし,準備をし,目的を達成し,次に自分の頭脳で汗をかき,自分の言葉で文章に表現する.文章にすることで整理され記録される.つまり仕事ではなく趣味の世界で,筋肉と頭脳による活性化された人間活動がネクトンズという場で実現され,しかもプレゼントが送られてくる.また,言霊(ことだま)が奮い立ち,読んだ人も魂が高揚し,心をふるわせるからです.
採用された方に独断でプレゼント!! この他に秘蔵品あり.

上田さん,丸橋さんにカンガルーキーホルダー,森さんにサメの歯,田淵さんに1997ワイキキTシャツ,大場さんにTALBOTのTシャツを差し上げます.新しい情報,レポートありがとうございます.

Nektons Waterworld News #35 以上

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