秩父のツキノワグマ

アドバイザリースタッフ 石 田  健

(東京大学秩父営林所勤務)

ツキノワグマ (以下クマと記す) が、 秩父地方にも棲んでいる。 秩父市内の果樹園や養蜂を荒らしに出てきて、 身近にいたことに驚かされる反面、 本来の生息場所のはずの山では滅多に会う機会がない。 少しミステリアスな動物だ。 しかし、 きちんと調べてみると、 本当は身近な動物であることがわかってきた。 大きくて力持ちだが、 木登りが上手で、 植物や昆虫を食べるおとなしい動物である。

私の所属する東京大学秩父演習林は、 大滝村の西部に6000haほどの山林を持ち、 そこでは、 動植物や気象・水循環など森林環境のさまざまな研究が行われている。 ここ5年クマの生態研究にも取り組んでいる。 ドラム缶を利用したワナに蜜蜂を入れておびき寄せ捕獲して、 体重測定などをし、 耳に個体識別用の札をつけ、 大きなクマには首輪式の電波発信機もつける。 この発信機の電波を受信することによって、 クマのいる場所を推定する。

奧秩父は地形が急峻、 複雑で電波があちこち反射したり届かなかったり、 受信に便利な林道が少ないため、 18頭に発信機をつけて追跡しているにもかかわらず、 詳しい移動様式については十分な成果はあがらない。

とはいえ、 定着している雌は平均して7〜8平方キロに1頭ていどの密度で分布し、 一度定着すると比較的おなじ地域にとどまっていること、 雄はときには10kmも移動し、 広範囲を不規則に動き回っていることや、 私たちに姿は見せないけれども、 登山道やキャンプ場、 集落などのすぐ近くの森でいつも活動していることもわかった。

大学院学生の橋本幸彦君が、 演習林周辺でクマの糞を193個集めて、 中に残っているものからクマの食物を調べたところ、 植物質 (葉や実) だけの糞が58%で、 動物質だけの糞はなかった。 春は新葉、 夏はバラ科の漿果 (サクランボなど) や葉・茎と昆虫、 秋は堅果 (ドングリ・ブナなどの種子) が出てきた。 昆虫類は、 主にハチ・アリの仲間 (膜翅目) で、 ガガンボの幼虫などもあった。 他の地域で調べられた結果とほぼ同様だった。

クマが大きく依存している堅果は、 年によって豊作と凶作の差が著しいことがわかっている。 クマが子どもを育てられるか、 脂肪をたっぷりと蓄え良い体調で冬ごもりし、 生き延びられるかといったことが、 堅果の成りぐあいに大きく左右されていると思われる。 繰り返し捕獲されたクマの体重は、 20kgあるいは3割も増減することがあった。

堅果がみな不作の翌年、 一部の地域では雄が一頭も捕獲されなかったこともある。 前年の秋、 食物を求めて外の地域に出ていき、 多くのものが狩猟や有害獣駆除にあって殺されてしまった結果だろうと、 私は考えている。

いろいろな樹種のそろっている天然林では、 ほとんどの年にどれかの樹種の堅果が成るものである。 もともと身近なクマが、 山で食物不足だったりしたら、 人目につくところに出てくるのがあたりまえだろう。 それにクマはなんでも食べて、 特に蜂蜜は大好物だ。 最近は、 人が作業で山に入る機会が少なくなり、 クマが安心して人里に近づいているのではないかとも考えられる。

クマは、 可愛らしくおとなしい動物だが、 人が対応を誤れば人を傷つける力も持っている。 そのために、 人里に現れたというだけですぐ駆除されてしまう例が、 まだ少なくないのは残念なことだ。 一部の地域では、 絶滅したり絶滅が心配されたりもしている。

クマは身近な動物なんだというつもりで、 彼らの習性をよく理解し、 人里になれなれしく出てくるクマはきちんと追い返すといった作業もしながら、 うまくつきあっていきたいものである。 秩父のクマについては、 習性や数や分布をもっとよく理解できるように、 きちんと調べて対応していく体制を、 行政がつくることも強く望まれる。

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