Diary2004.2

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2月29日()晴れ。 うるう日 <362>
4年に一回の閏年。 きょう29日は 儲けた日? / 自ら進んで物事を正確に捉えないと 出遅れるばかりか 時流に乗れない。 そんな当たり前のことが 忘れ去られている。 誰もがそれに気づかず お手伝いに忙しいからと 振り回されて 本義が無くなっている。 不必要とされていることが理解されずに 自己満足の世界で もがき続けている。 / 肩の力が抜け 頭の中が空っぽになり スーと 眠りにすい込まれていく。 いつのまにか 空間を漂うような 深い眠りについている。 
2月28日()晴れ テレメ実施1
田舎からたまに東京に出ると 毎日がお祭りのようににぎやかだと感じる。 電車に乗ると 変な人たちがいっぱい。 どんな感性をしているのか 疑いたくなるような格好。 bunkamuraオーチャードホール。 舞台「サロメ」を見る。 リズミカルなフラメンコに乗り 体全体を使い踊る。 台詞がなく 音楽と身体の表現により物語を踊る。 本で読んだストーリーとほぼ同じだが 想像力をかき立てる上では 本の方が勝る。 3回も読んでいったので 頭の中にイメージが出来上がってしまっていたようだ。 S席で見たため 迫力があり 違う世界を垣間見た思いだ。
2月27日(金)晴れ テレメ実施1
予想どおりの死刑判決。 しかし スッキリとしない。 頂点に立つ指導者の野望にまみれた教義。 まだ引き続き その教義は生きている。 なぜ? 
2月26日(木)晴れ
世の中には すごい人がいると感じた。 どこに行っても人が住んでいる。 その中で 人一倍頑張っている人の話を聞いた。 言葉の裏には 日々の努力と 自信があった。 身が引き締まるような感覚を覚える。 / ピンポンダッシュで お通夜に。 春を予感させるような陽気。 季節の変動をいち早く感じるのであろう お年寄りが相次いで亡くなる。 親族がたった2人。 地域で支えたお通夜だった。
2月25日(水)晴れ
戯曲「サロメ」を繰り返し読んだ。 ユダヤの王と予言者 妖しい王女サロメの踊りと予言者への変酔。 中学のころの 雪合戦を思い出した。 特定の子に集中して雪が投げられた あの想いと同じだ。 エロチックな雰囲気が漂う文章。 古典戯曲の世界に引き込まれそう。
2月24日(火)晴れ
書き方がわからないというので 決算書を預かり家に持ち帰り 電卓で計算。 数字を見つめていると 視力が極端に落ちる。 赤で修正数字を加筆するが 間違った場合 責任問題になるのではないかと いまいち不安。 でも やるしかない。 / 人間が組織 地域を動かす。 やる気のない事務局に 会議の場でイライラ。 声が上がってこないの一点張りで 逃げ回るだけ。 会議の参加者に 当事者を加えるべきと痛感。
2月23日(月)晴れ
朝起きると なんか体が怠い。 しばらく考えたが 風邪でもひくのかと思っていたところ そうだ 昨日の廃品回収をがんばりすぎたのかもしれない。 筋肉痛の一歩手前の状態だということがわかった。 軽トラックから 大型トラックへの 新聞や雑誌の束を 放り投げているとき ボランティアなんだから 筋肉痛にならない程度にと ある人が言っていたのを思いだした。 / 少しのずれが だんだん大きくなり 最後には食い違ってしまった。 
2月22日()晴れ
気分も 陽気も 申し分ない春っ! シャツ一枚で 気持ちよく過ごせた。 苦み走った珈琲も 旨い。
2月21日()晴れ。☆
巨大な画面。 足かけ3年 待ちに待った結末を見た。 3時間35分。 普通なら 同じ姿勢ではいられない時間。 微動だにせず あっという間に終わった。 人間の醜さと賢さ そんなことを言いたかったのか。 そんなメッセージを感じた。 
2月20日(金)晴れ テレメ実施1
ベッカムが動いたっ! なんと56日ぶりに確認。 いつもと違う 電波の強さと方向。 いよいよ動きだいしたか。 昼間の気温は 格段に暖かくなった。 しかし 夜間の気温はまだまだ寒い。 空腹に耐えられなくなったのだろうか。 この時期にどんな餌があるのだろう。 ハクビシンにつきあえばつきあうほど わからないことだらけ。 
2月19日(木)晴れ
ジワジワと静かに しかも確実に増殖している。 きょうも2か所で。 何かを求めて模索している人もいるが 確固たる信念に基づいて 淡々と機会を待っている人もいる。 新たな時代の幕開けの証人になるであろうと 確信している。
2月18日(水)晴れ
Opaの始めての車検。 もう3年経ってしまった。 ナビが付いているので どこへ行くのも不安がない。 そのお陰で 電車で行っていた都内や 大都市にも乗り付けてしまう。 これからも思い出づくりの道具として 活躍してもらおう。 / ある首長の講演会。 職場の大半が動員され 参加した。 演題と少し外れた内容もあり 政治色の強いものだった。 上手く利用されたなって言う感じだ。 
2月17日(火)晴れ
確定申告の時期になった。 サラリーマンであるため 譲渡所得などがある場合をのぞいて ほとんど縁がない。 仕事がら 大勢の人の決算書や申告書を見る機会があった。 なかなか厳しい現実が伺える。 所得の欄を見ると △が数字の頭に書かれたものが多い。 どうやって生活しているのか不思議に思える。 常に安定収入が得られるお役人には 味わえない厳しさ。 でも 誤魔化しようのない給料では スリルや醍醐味は味わえない。 / 出所不明の情報に過敏に反応。 これもまた 現代病か。
2月16日(月)晴れ
仕事を休んで お葬式のお手伝い。 その人が築き上げてきた人格が無くなった。 考えること 多々。
2月15日(日)晴れ
朝起きると 昨夜の雨が雪に変わっていて 20cmほど積もっていた。 さすが雪国で 除雪も素早い。
2月14日(土)晴れ
1年ぶりのスキー。 南風のために 春のような陽気で 売店近くでは 雪が溶け水たまりができたほど。 何となく 気が乗らず 早めに引き上げる。
2月13日(金)晴れ
陰で支える努力の人 言い換えると 縁の下の力持ち。 世に出て 認められることもあるが そうでないことがほとんど。 その重要性を感じて取り組む 嫌々ながら取り組む。 仕事だからと 虚しい思いを抱きながら 自分を犠牲にし いじめ抜く人たち。 思い通りの環境なんて無い。 作り出そうとしても 飲み込まれてしまう巨大組織。 応援の声も届かない。 ただひたすらに耐えることしかないのだろうか。 / きょう放送された ハクビシンの家屋侵入による被害。 まさに 言いたいことを代弁してもらった。 社会の環境問題として捉えていただいたのは すごく評価できた。 この放送を通じて 野生動物の置かれている立場が議論されることを切に望む。
2月12日(木)晴れ
近所のおばあさんが亡くなった。 明治生まれの94才。 大往生である。 年を取ると 何もかもが丸くなる。 悟りの境地とでも言うのだろうか。 / 中部地方のある県から ハクビシンの農作物被害についての講演依頼の打診。 中山間地域ではなく 都市部を抱えた地域。 国もようやく移入種対策に取り組むようようだが もはや手遅れに近い。 動物たちは生きるために 農作物を餌としている。 ただ生きるための行為が 人間から見ると 罪になる。 共存ができるのか 見当もつかない。
2月11日()晴れ。
ゆっくりするつもりが なんやかんやであっという間に時間が過ぎてしまった。 待ち望んで待っている時間は長く感じ その時を迎えると 時計の針はぐんぐん進む。/ お茶で言うなら 2番煎じ。 薄めの珈琲。 評判になるような珈琲を飲ませる店はあまり無い。 何事にも こだわり その道に命を懸けているような そんな人 店に出逢えた喜びは大きい。 でも 田舎では選ぶほど店がないため 残念だが 妥協するしかない。
2月10日(火)晴れ
観光農園で 朝から夕方まで 楽しいひとときを過ごした。 親しくしていただいているブルーベリー園。 約300本の樹があり 無農薬野菜やキウイも作っている。 着いてさっそく剪定を行い みんなで20本位切ったかな。 なかなか進まずちょっとイライラ。 特上寿司や手打ちうどんを用意していただき 至れり尽くせりの VIP待遇でした。
2月9日(月)晴れ
会議中に なんだか鼻がむずむず。 くしゃみが出そうになったり 鼻水がチョロチョロと。 人並みに 風邪かな。 辛い思いはしたくない。 早く寝よっと。 / 第3者により 普段の仕事ぶりを評価してもらう 外部評価。 まな板の鯉といった感じ。 普段仕事にどっぷり浸かっているため 外から見ることができないので 参考になる意見が多々あった。 
2月8日()晴れ。
すごく気持ちいい一日。 日なたは ぽかぽか。 春の陽気を感じる 空気。 広島焼き もんじゃ もち入りあんパンケーキも美味しかった。 
2月7日()晴れ
ある一定の低気温になると 冬眠する動物がいる。 その理由は 冬期になると餌が無くなるからや 体を休めることなどが一般的。 冬眠中は エネルギー代謝を減らすため 体温と脈拍数を極端に下げるようだ。 そのため 冬眠から覚醒するのに 数十時間かかるようで なにか 目覚めの悪い 低血圧でと言う人間と同じだ。 睡眠は 体と脳をリフレッシュするためのものと言われている。 動物らしく 人間らしく生きるためには 本来の生理に従って生きるべきであり 現代の曲がった環境に慣らされてくると 生態が変化してきて あたかも生理も変化してきたように感じるが 十数年では進化はしないだろう。
2月6日(金)晴れ テレメ実施1
夢が広がり 未来が開けるような 楽しい計画ができた。 まだ案の段階だが なかなかのもの。 この計画をひっさげ 検討会に挑むが 事前の打ち合わせ会議においては 特に意見は出なかった。 / ある事務所にお邪魔していたら 新聞の勧誘員が来た。 新聞を取っていただけますか? おいおい 俺は新聞記者と仲良くて いつも紹介しろと言われ いままでにもいっぱい紹介しているんだよ。 紹介料をもらいたいくらいだ。 と ドスの利いた声で 勧誘員を脅した。 そうですか これからもよろしくお願いしますと 頭を下げながら 帰ってしまった。 さすが 年の功だと思った。
2月5日(木)晴れ
いよいよ来たなと感じた。 部下が上司を評価する制度。 我が社にも昨年から始まったようだ。 今年からワンランク下がって 中堅が上司を評価するところまで来た。 その表をシートをいただき 評価をすることになった。 しかし その上司とは ほとんど接することがなく 人柄や手腕のほどは わからない。 でも 3段階で評価をするという。 制度が人間を操ってしまう。 何か変! 
2月4日(水)晴れ
毎日 定位置に座り この画面を眺める。 次に メールを書く。 この作業が5年も続いている。 また 毎日 必ず決まって考えること 思うこともある。 これからもずっと 変わらない。 / 朝5時に起きだし 愛しい?ベッカムのところへ行く。 なぜか安心感があるが 一抹の不安もある。 なぜ動かないのか。 もしかしたらと・・・頭をよぎるが 確認のしようがない。 動き出すことを毎日祈りつつ。
2月3日(火)曇り一時雨
いちごが足りない。 午前中に手みやげとして使うため 電話で1箱を注文すると 収穫できるものがないと断られた。 数軒電話してみたが どこのいちご園も同じ。 原因は 正月の気温が高かったため 果実が早熟で 1月以降厳寒であるために ちょうど今が 端境期のようだ。 / ある職業の人たちが集まった。 上は87歳 平均65才といったところか。 地域の主要産業である 農業を担っている人たち。 あと10年先はないと言われ続けて もうかなりたつ。 学業を終え 職業を農業とする人たちは 皆無に近い。 しかし 定年を迎え 次の職業を農業とする人たちは多い。 いわゆる 定年帰農だ。 就農者のほとんどを占めるこの人たちは あまり重要視されていないのが現実。 しかし 地域の担い手の現状は この人たちだ。
2月2日()曇り雨
行き帰り4時間 電車に揺られた。 乗り込むと同時に おもむろにバックから本と取り出し 読み始める。 くすぐられる文体。 早い展開。 味わうと言うより 引きつけられる。 車窓の風景も 駅名を告げるアナウンスも なにもかも 文章の流れにかき消されてしまう。 ときたま不安になり 電車が止まると駅を確認するが 目から40cmほどのところにある本に焦点が合っているため あの大きな案内板の文字が ぼけて読めない。 あまりにも集中して読むために レンズを動かす筋肉が固まってしまったようだ。 1冊の文庫本を読んでしまった。 / 会議中に 気の合う仲間と ひそひそ話。 仕事の枠からはみ出る部分を どのように対処しているか。 答えは簡単だった。 やるしかない。 相談もできないので 自分でいいと思うことはやる だった。 組織人としては失格だが 人として判断して表裏にかかわらず やるしかない 仕掛けるしかないと思うことは自分もやっている。
2月1日()晴れ。
有機農業の輪が広がり そこで修行をした人が その野菜を出すレストランを開いた。 イタリア語で 美味しい野菜という意味の店名。 生産者の顔が見えるとは こういうことを言うのではないかと思う。 生産者は 栽培して販売するだけではなく その野菜の素材を引き出す料理人のネットワークを作ることも これからは大事なことだと このレストランに行って感じた。 / 木のむら。 周りを山々に囲まれた 小さな村は 木と共に生きる選択をした。 バス停も木だった。 あちこちに 製材所や木のむらと看板があるが 意外にも 木を使ったものが目に付かない。 道路標識や 一般の店の看板 公共の建物 目に付くものすべてにこだわる”意地”がほしい。